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イッピン「歴史が育む 技の冴え~栃木の服飾~」

<番組紹介>
栃木県ならではの服飾品。
 
まず、日光東照宮参詣のために作られた 「日光下駄」は
草履と下駄が一体化したもの。
雪深い冬場の参詣のために生み出された。
栃木は日本一の麻の産地でもあり、
古代の技法を復活させ、麻紙のバッグが開発された。
さらにかつての水運の拠点・大田原市で、
伝統を受け継ぐ藍染職人が手がける、
モダンなデザインの藍染のシャツ。
 
栃木ならではの素材を使い、
伝統が育んだ技に一層の磨きをかけたイッピンの数々。
 

 

日光下駄

格式を重んじる社寺参入の際には 「草履」を使用するのが原則でした。
ところが、日光東照宮を始めとした日光の社寺は
石や坂道、雪も多く、草履で歩くには不便なため、
草履の下に下駄を合わせた「御免下駄」が考案されました。
大名を始め、神官や僧侶の正式な履物として用いられましたが、
明治になると、より履きやすい改良型が作られ、
一般庶民にも愛用される「日光下駄」が生まれました。
石や坂道を歩く際の安定や、雪をつきにくくするため、
下の方が広い八開きの台木に
竹の皮で編んだ草履表を麻糸で縫い付けられています。
夏涼しく、冬温かいのが特徴です。
日光下駄の主な材料は、
台木と草履に編む竹皮と、
鼻緒に用いる真綿木綿に野州麻などです。
 
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麻紙布・マシヌノ(野州麻和紙工房・大森芳紀さん)

鹿沼市は麻の生産量日本一を誇る産地です。
鹿沼の麻は古くから「野州麻」(やしゅうあさ)と呼ばれ、
美しい光沢があり、薄くしなやかで丈夫なのが特徴で、
全国各地に出荷されています。
 
野州麻紙工房の8代目大森芳紀さんは
平成13(2001)年に「野州麻紙工房」を設立し、
日本で唯一、麻を原料にした和紙作りを始め、
麻の独特な質感を活かしたランプシェードなど、
和のインテリアを手掛けています。
他にも、麻の繊維(麻垢)を使って、「麻紙布・マシヌノ」を作りました。
 
「紙布」は昔、神社などで紙衣として用いられ、
布のように強い紙で、多少の水に濡れても破けることはありません。
この「麻紙布・マシヌノ」を使って
野州麻紙工房オリジナルのでバックを作りました。
持ち手部分には精麻を挟んで縫い合わせ、
内布は工房が厳選したヘンプ布を使っています。
一枚づつ手漉きで紙漉きをしているため、同じ商品でも色の出方が異なります。
とても軽く、使うほどに布は柔らかくなり、肌に馴染みます。
麻の繊維は縁起ものであり、魔を除けるとも言われています。
日常使いはもちろん、贈り物としてもご利用いただけます。
 
関連記事・栃木県「野州麻」

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黒羽藍染(黒羽藍染紺屋・小沼雄大さん)

かの有名な俳諧師・松尾芭蕉が
「奥の細道」の旅で14日間も滞在したのが
栃木県大田原市黒羽です。
江戸時代、大田原市は水運の拠点であったため材木商が数多く、
職人達が着る印半纏は 「紺屋」と呼ばれる染物屋で作られていました。
 
この黒羽で200年以上「藍」を建て続ける染元があります。
1804年創業の「黒羽藍染紺屋」です。
豆汁に松の根を燃やして作る
良質な煤「松煙墨」を混ぜて下染めする 「紺染め」の技法により、
藍の色がより濃くなり、色褪せにくくなるのが特徴です。
 
創業200年余の「黒羽藍染紺屋」の初代・紺屋新兵衛が残した藍甕を守り、
その伝統的手法を現代に受け継いでいるのが8代目・小沼雄大さんです。
小沼さんは、父・重信さんの勧めで、
東京の江戸川区指定無形文化財・「長板中形」の技術保持者、
松原 與七さんに師事。
師匠のもとで型染めの修行を積み、
実家に戻ってからも
紺屋を手伝いながら月に何度か師匠のもとに通い、
技術を身に付けていきました。
雄大さんが24歳の時、重信さんが早世。紺屋の暖簾を受け継ぎました。
 
若い小沼さんが手掛けるのは
藍染めのスニーカーやTシャツ、紙袋を模したバッグなどです。
柄はもちろん、色味も同じものがない唯一無二の魅力。
「伝統工芸品を特別なものとして意識してもらうより、
若い方にも自然なかたちで気軽に親しんでもらえるよう、
自分自身こんなものがあったらいいなって気持ちをベースに、
作品づくりに取り組んでいます」
 

 

 

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