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北海道「旭川家具」

明治末期、本州から旭川へ
大工や家具建具職人達が数多く移住してきました。
豊富な木材と腕のいい職人に恵まれ、
大正9年には大正時代最高の生産額に達し、
旭川は北海道最大の木工の町となりました。
 
ところが大正9(1920)年を頂点に、
世界的な不況により木工生産は急速に低下しました。
但し、木材集散地のメリットを活かして、
良質の木を素材に丁寧に作り続けたことから、
その実績が本州市場でも評価されて、
1970年代に入ると、
「旭川家具」のブランドネームは全国に定着したばかりでなく、
海外への進出も進みました。
 
しかし、家具メーカーの下請けだけでは将来行き詰まることを見通して、
1960年代には、家具の部品製造をしていた木地挽き物の職人達が、
その技術を利用してオリジナルの製品を作り始め、
「木地挽物業組合」が結成されました。
また平成元(1989)年には、
デザイナーや工芸家からなる「旭川工芸デザイン協会(ACDA)」が設立され、
「ACDA」と「クラフト普及協会」の二つの集団が
それぞれが切磋琢磨し合って 「旭川のクラフト」を盛り上げていったのです。
 
そして平成20(2008)年、
旭川クラフト普及協会と旭川工芸デザイン協会の賛同企業による
旭川クラフト協議会「アクラ」が誕生しました。