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山形県「鶴岡シルク」

鶴岡市を含む庄内地域は、国内最北限の絹産地です。
また、「養蚕」「製糸」「製織」「精練」「捺染」「縫製」 といった
絹織物の一貫した生産工程が集約されている
日本で唯一の地域でもあります。 
 
 

産地

シルク製品が出来るまでにはたくさんの水が必要です。
鳥海山や月山の伏流水に例えられるように、
庄内は水資源にも恵まれていて、しかも軟水。
そのため「鶴岡シルク」は柔らかい風合いなのです。

 

歴史

庄内地域で絹の生産が始まったのは、明治に入ってからです。
新政府の「生糸立国」政策により、
旧庄内藩士約3000人が
「刀を鍬に代えて」、羽黒町松ヶ岡の原生林を開墾したことで
鶴岡の絹産業はスタート、最も新しい絹産地となりました。
 
米沢藩から分けてもらった桑の苗を植えてから育つまでの3年間、
武士の娘達は富岡製糸場で製糸技術を学びました。
そうやって少しずつ体制を整えながら、
全国でも最大規模となる桑畑を作ることに成功。
 
更に明治30年代には、鶴岡の斎藤外市(さいとう といち)
電動式の力織機「斎外式力織機」を発明したことから
「羽二重」や「繻子」が盛んに生産されるようになります。
 

www.archives.go.jp

 
それらは洋装用の生地としても輸出されたことから、
絹産業は地域の基幹産業となりました。
産業に不可欠な人を育てるための学校は、
現在の鶴岡工業高校(染色学校)や鶴岡中央高校(家政高校)の
ルーツとなりました。
 
鶴岡のシルク産業に携わる就業人口は6割を占めたと言います。
こうして、「養蚕」「製糸」「製織」「精練」「捺染」「縫製」 まで
絹製品に関する作業をひとつの地域で行えるようになったのでした。
 
ところが昨今の経済のグローバル化により
安価な外国産シルクの流入したこと、
また養蚕農家の高齢化により、
鶴岡のシルク産業は、大変厳しい状況になりました。
 
 

鶴岡シルクタウン・プロジェクト

平成21年、鶴岡市は
養蚕、絹織産業の伝統を保存・伝承するとともに、
その伝統を活かして絹織産業の新たな可能性を啓き、
地域を活性化することを目指して
「鶴岡シルクタウン・プロジェクト」を始動させました。
 
「小石丸」や「松岡姫」という
蚕品種の飼育技術を確立して新素材を開発したり、
絹入りの麦切りやお菓子等の食品を開発したりと、
新しい可能性を広げる様々な取り組みも行なわれています。

 
 
プロジェクトには「4つの柱」があります。
1. 蚕の飼育体験「繭人」プロジェクト
蚕や鶴岡の絹の歴史を学び、養蚕や絹に対する関心を高めてもらうため
「蚕の飼育キット」を配布し、「繭人」(まゆびと)として認定します。
 
 
2.シルクガールズプロジェクト
鶴岡中央高校の生徒が自ら企画・運営し、
絹素材布で制作したドレスなどを披露するファッションショーを
毎年開催しています。
 
 
3.史跡「松ヶ岡開墾場」の保存と活用
平成元(1989)年に国指定史跡に指定された
「松ヶ岡開墾場」の保存・継承するために整備し、
観光拠点としての利活用を推進していきます。
 
 
4.キビソ・プロジェクト

 
蚕が繭を作る時に最初に吐き出す糸 「キビソ」の
素朴な風合いと魅力を活かし、
新ブランド「Kibiso(きびそ)」を立ち上げました。
 
「キビソ」は、製糸の際に繭から糸口を見つけるために
繰り取った部分を乾燥させた副産物です。
不均一な太さで硬くごわごわしているため、
製糸が難しく、織り機での織物には不向きとされてきました。
しかし「きびそ」には
水溶性のたんぱく質が豊富に含まれているため、
保湿力に優れている上に、紫外線吸収力や抗酸化作用があるため、
スキンケア商品の成分などに活用されています。
 

 
その「きびそ」を使った、
エコロジカルでナチュラルな絹製品が「kibiso」です。
世界で活躍してきた専門家のアドバイスと、
地域企業の高い技術力により、
加工に適した糸への開発に成功、製品化が実現しました。
現在は、他産地と連携したコラボ商品の開発が行われています。
 

 
平成27(2015)年に開催された「ミラノ万博」では、
ヨーロッパの人達にも大好評であったことから、
海外を視野に入れた取り組みもされています。