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イッピン「未来への挑戦!つむぎ織り出す伝統の柄 ~茨城の結城紬~」

<番組紹介>
ふんわり軽く着心地格別、超絶技巧で手織りする
亀甲模様の伝統絹織物結城紬(つむぎ)
▽職人歴50年の師匠と技を継承する弟子の挑戦
▽つむぎ手の数と柄の種類の驚きの関係
 
四百年続く伝統の結城紬(つむぎ)。
糸は手つむぎ、手織りも多い。
花鳥風月などの模様を細かい亀甲の柄で織り出し、
軽くて疲れにくくふだん着からお出かけまで人気の着物。
職人歴50年の名人が
若い弟子が着物全体に柄を織り出す総柄に
初めて挑む日々を見守る。
軽い着心地は真綿から手でつむぐ軽い糸が必須。
糸の太さはつむぎ手の個性により異なり、
太さで織れる柄の種類も決まるので、
伝統守るため地元はつむぎ手養成にのりだした。
<初回放送日:令和3年(2021)年12月17日>
 
 
 


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「結城紬」は、茨城県結城市を中心として、
主に茨城県、栃木県の鬼怒川流域で作られている絹織物です。
 
その歴史は奈良時代まで遡ることが出来ます。
結城地方では古代から養蚕が盛んで、
その副産物として「絁」(あしぎぬ)が織られており、
常陸国から朝廷へ上納された布は、今も奈良の正倉院に保存されています。
常陸国の特産物として「常陸紬」と呼ばれていましたが、
この地方を治めていた結城氏の名から、やがて「結城紬」という呼称が広まり、
室町時代頃に定着したと言われています。
 
江戸初期の慶長年間に結城家が越前の国 (福井市) に去った後、
この地を治めた初代代官・伊奈備前守忠次 (いなびぜんのかみただつぐ) は、
信州上田 (長野県) より職人を招き、染色と縞織りの技術を導入するなど、
紬産業の発展に尽力。
更に改良が加えられ、「結城紬」は広く全国に知られるようになりました。
永年に渡り多くの先人により創意工夫が重ねられ、
昭和31年4月24日に国の「重要無形文化財」に指定されました。
わが国で重要無形文化財に指定されている絹織物は、
「結城紬」と「久米島紬」(平成16年指定)の二つだけです。
また昭和52(1977)年には「国の伝統的工芸品」に指定された他、
平成22(2010)年には「本場結城紬」の名で「ユネスコ無形文化遺産」にも
登録されました。
 
 
 

1.地機織(伝統工芸士・小島美佐子さん)

 
奈良時代から献上品として上納されてきた
「結城紬」が市場で人気を博すのは江戸時代以降です。
当時の百科事典と言われる『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ)には、
「紬は常州結城に出るものを上とす。信州之に次ぐ」とあり、
高い評価を受けてきたことが分かります。
特に、見た目が質素で丈夫なことから武士に好まれ、
「結城紬」は男性の普段着でした。
 

 
江戸末期に「絣模様」が取り入れられると、
明治時代には緻密な絣に挑戦する者が次々と現れ、
より複雑な模様が織られ始めました。
中でも「亀甲柄」は、反物の幅の間に80から100個入るのが標準で、
160亀甲ともなるとかなりの高級品です。
最高は200亀甲の「総模様」で、まさに芸術の域です。
 
 
 
「結城紬」は老若男女に受け入れられ、
男性だけでなく、女性のお洒落着としても広く普及していきました。
幸田文や白洲正子は作品の中に「結城紬」を登場させていますし、
有吉佐和子や須賀敦子は「結城紬」を好んで着ていたそうです。
新派の女形役者の花柳章太郎は箪笥何竿分もの結城紬を所有していたと
言われます。
 


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結城紬には、「本場結城紬」と「結城紬」の2つの種類があります。
「本場結城紬」は古代の技法を今日に守り伝える結城紬で、
制作工程の全てが手作業で行われています。
そのうち「糸紡ぎ」「絣括り」「地機織り」の3工程が、
昭和31(1956)年に「国の重要無形文化財」の指定を受けました。
 
 
 
小島美佐子さんは職人歴50年の地機織の伝統工芸士です。
「地機(居坐機いざりばた)」は、
経糸(たていと)を腰で吊り、織り手が腰を使って張力を調整します。
織り手の微妙な腰の動きで経糸(たていと)に張り具合が変わることから、
独特の風合いが出ます。
人・機が一体となって、糸から布へと織り上げられているのです。
 
「結城紬」は、撚りをかけずに手で紡いだ糸を使います。
この手紡糸は、柔らかく、軽い一方で強度は低く、切れやすいため、
体の動きで糸の張り具合を調整出来る「地機」を使っているのだそうです。
 

 
番組内で小島さんが手掛けていた結城紬は「総柄」と呼ばれるもので、
一反を織り上げるまでに打ち込む緯糸(よこいと)の本数は、
何と約4万5000本にも上るそうです。
根気が必要だが、終わった時の達成感、開放感はひとしおだと
おっしゃっていらっしゃいました。
 

 

 

2.職人歴50年の師匠と技を継承する弟子の挑戦
(福田真由美さん)

 
主に「プラスチック・素材」と「結城紬・繊維」の2分野において
技術支援を行っています。
また「結城紬」の後継者育成のため、
地機による帯の製織、反物の製織、製織前の下準備などの
研修も実施しています。
 

www.itic.pref.ibaraki.jp

 
小島さんの工房に勤める福田真由美さんは、
繊維高分子研究所を2年前に卒業し、
柄が一部しかない「飛び柄」で賞に輝いたこともある織り手です。
福田さんは「結城紬」を愛用する母からその凄さを熱弁されて、
結城紬の職人の道に進むことを決断したそうです。
 
その福田さんが「総柄」に取り組んでいらっしゃいました。
小島さんに「緯糸」(よこいと)を打ち込む力が弱いと指摘されていました。
かといって打ち込むのに一生懸命になり過ぎると、
柄がズレかねないのだそうです。
 
福田さんは結城市のイベントに向けて製作しているのですが、
完成度は全体の20%程と焦っていました。
小島さんは「焦って織れるものではない」と話し、
手直しを加えてくれました。
 
 
 

3.着心地生む、紡ぎ手の技(宮本衣子さん)

 
「国の重要無形文化財」の指定条件の3工程のひとつ
「糸紡ぎ」とは、
乾燥させて紡ぎやすく加工した真綿を広げ、
一辺を「つくし」という糸巻きのような道具に引っ掛けて、
その端から糸を引き出し、
唾をつけながら撚りを掛けずに指先で糸にしていく工程を言います。
 
「結城紬」の糸は、長さが異なる繊維が絡まり合うだけで、
撚りを掛けないのため、ふんわりしているのが大きな特徴です。
ムラなく平らに手で紡ぐのには経験が必要で、
「綿かけ8年、糸つむぎ3年」と言われています。
 
元々、「糸紡ぎ」は農閑期の副業だったのですが、
現在は、担い手不足に陥っていて、
職人達は後継者育成のために講習会を行い、1年をかけて指導しています。
 
宮本勲・衣子さんご夫妻は、
半世紀に渡り専業で結城紬を継承してきました。
勲さんは「絣くくり」、衣子さんは「糸紡ぎ」と「地機織」担当です。
 
衣子さんは、唾液を糊として繊維同士をくっつけていました。
重要なのは糸を一定の太さにすることで、
太さにムラがあると
地機をかけた時に引っ掛かり、切れてしまいかねないのだそうです。
一反分の糸を紡ぐのに3カ月を要します。
 
 

≪参考≫ 美の壺「風土を織り込む紬」

omotedana.hatenablog.com

 
 

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