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美の壺「ワイングラス」 <File 129>

<番組紹介>
ワインをよりおいしく味わうために作られたグラス。
そのデザインには、ガラス工芸の粋が集められている。
誰もがイメージするチューリップ型のワイングラスは、
1950年代に登場したもの。
この形が登場したことで、ワインの世界に革命が起こった。
彫ってあるのに浮かび上がって見える、
グラヴュールという精緻(せいち)な彫刻技法や、
グラスの足「ステム」に施された飾りの数々など、
奥深いワイングラスの世界を紹介する。
 
<初回放送日:平成21(2009)年5月8日>
 
 
 
ワインを楽しむために、技巧を凝らしたガラス製の
「ワイングラス」が作られるようになったのは
15世紀後半のことです。
イタリア・ベネチア製のワイングラスは、
金やエナメルの豪華な装飾が貴族達を虜にしました。
 

 
17世紀後半から、現在のチェコのボヘミア地方で、
より透明度の高いガラスが生まれました。
二層のガラスの中に金箔を挟み込んだ
「ゴールドサンドイッチガラス」は、
今では手掛ける人もいない高度な技です。
 
ヨーロッパのガラスの器は、
「ワイングラス」とともに発達してきました。
「ワイングラス」には、ガラス工芸の粋が集められているのです。
 
 

美の壺1.ワインを変えた革命グラス

 

RIEDEL(リーデル)


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「ワイングラス」といえば、
口がすぼまった大きなチューリップのような形がお馴染みですが、
実は歴史はまだ浅く、50年程前の1958年に生まれた
 

 
作ったのは、オーストリアで265年以上の歴史を誇る
ワイングラスの老舗「RIEDEL(リーデル)」の
9代目・クラウス・ヨーゼフ・リーデル(1925-2004) です。
今日ではワイングラス形状のスタンダードであり、
世界中のワイン愛好家から絶大な信頼を集めています。
 

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それまで、「ワイングラス」と言えば、
口が開いたラッパ型が主流で、サイズも小ぶりでした。
 
クラウスが作ったグラスは格段に大きく、
独特のフォルムを持っていました。
クラウス・リーデルの孫・マキシミリアンさんによると、
「祖父はある得意先に頼まれて、大きめのグラスをデザインしました。
 小さなグラスではワインから伝わる香りが不十分であったため、
 どんどん大きくしていきました。
 大きなグラスは香りを際立たせました。
 グラスは香りを伝えるメッセンジャーなのです」
 

  

 
クラウスは、グラスの形や大きさによって、
ワインの味わいが違ってしまうことに気づきました。
このことが、ワイングラスを大きく変えていきます。
 
リーデル・ジャパン
(RSN Japan 株式会社)
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  • オンラインショップ
 
 
 

リーデルの基本理念「飲み物の個性がグラス形状を決定する」


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クラウスのグラス『ブルゴーニュ・グラン・クリュ』が
最初に大好評を博したのは、イタリアを代表するワインの産地
「ピエモンテ」でした。
次に持ち込まれたフランスの「ブルゴーニュ」でも評判は上々でした。
 
ところが「ボルドー」では、予想もしなかった反応が返ってきました。
「このグラスでワインを飲んでも美味しくない!」
 
「ブルゴーニュワイン」は爽やかな酸味が特徴のワインです。
一方、「ボルドーワイン」は程良い渋味が持ち味のワインになります。
このことから、クラウスは、
「ワインの味や香り」と「グラスの形」に
何か関係があるのではないかと考えました。
そこで3年に渡る試行錯誤の末、
遂に、新しいワイングラスを作り上げたのでした。
 

 
まず、グラスにあった「縁の反り返り」を無くしました。
グラスの縁の形が、味わいに大きな影響を与えていたからです。
 
私達はワインを飲む時、
グラスの「縁」と「下顎」の位置は、ほぼ直角になります。
 
反り返りのないグラスでは、
ワインは一旦、口の前の方に留まってから全体に広がるため、
「ボルドーワイン」の特徴である「渋味」は、
ゆっくり味わうと美味しく感じられます。
 

 
一方、反り返りのあるグラスで飲むと、顔が少し上を向くため、
ワインは細い流れとなって口の奥まで一気に届いてしまいます。
「ブルゴーニュワイン」のような「酸味」は
心地よく感じることが出来るのですが、
「ボルドーワイン」では「渋味」が強くなり過ぎてしまいます。
このように、ちょっとした形の違いが、
同じワインでも味わいを変えてしまうのです。
 

 
ワインにはそれぞれ適した形のグラスがあることを知ったクラウスは、
9種類のグラスを作り出しました。
そしてこのことにより、
「ワイン」と「ワイングラス」の世界は大きく変えることになりました。
 
「ワイングラス」を使いこなすことで、
「ワイン」の持ち味をフルに楽しむことが出来るのです。
 

 
「注ぐ量の目安は、一番膨らんでいる部分の少し下です。
 最初は、静かにグラスの中のワインを鼻に近づけて、
 香りを嗅ぎます。
 それからクルクル回して、
 全く違う発展する香りを楽しみます。
 たっぷり注いじゃうと、グラスが回りません。
 それに、ちょっと少なめの方が見た目にも美しいと思います。」
 

 
ワインの世界に革命をもたらしたクラウス・リーデルの作品は、
たちまち目の肥えた顧客や美術館から注目を浴びるようになります。
多くのデザイン賞も受賞し、
ニューヨーク近代美術館で
パーマネント・コレクション(永久収蔵品)に認定され、
「美しき怪物」と呼ばれました。
一見、優美でありながら、ワインを大きく変身させてしまう・・・
そんな不思議な力を、人々は「怪物」に喩えたのでした。
 
 
 

美の壺2.グラヴュールは至高の燦めき

 

BAR DORAS」オーナーバーテンダーの中森保貴さん

 
東京都台東区花川戸、隅田川沿いの公園前の小路にある
オーナーバーテンダーの中森保貴さんは、
アンティークのワイングラスを探しに、
年に一度は、店を閉めてヨーロッパに出掛けます。
 
中森さんは、街のバーやレストランで食べて飲み、
酒屋、のみの市を巡り、ボトルやグラス、調度品を探し回ります。
(そんな日々は著書『旅するバーテンダー』に綴られています。)
 
「グラスの一つひとつの美しさとか、
 装飾に魅せられて、ついつい買ってしまいます。
 骨董市などですと、ここで買わないと、
 もう出会えないのではないかと思ってしまって・・・」
 

 
 
中森さんは、偶然出会った宝石のようなグラスを
実際に店でも使います。
中でもお気に入りは、金の装飾に赤ワイン。
 
「オペラを見に歌劇場へ足を運ぶこともあるのですが、
 ヨーロッパの歌劇場は、赤と金の二つの色を使って、
 重厚感を出している歌劇場が多いですね。
 ワイングラスでも、金の装飾の中に赤ワインというのは
 とっても重厚感が増すと思います。
 口を付けるのもためらってしまうような美しさがあります。」
 
古くから、「ワイングラス」は華麗な装飾をまとってきました。
レース編みのような模様は、
16世紀のベネチアで完成された繊細なデザインです。
「グラヴュール」と呼ばれる大胆なカットを施し、
透明な部分を金で飾っています。
「グラヴュール」は、高度な技術を必要とするガラス工芸の最高峰。
精緻で陰影に富んだ表現が特徴です。
 
「ドラス」とは、スコットランドのゲール語で「扉」という意味で、酒を通じて、ヨーロッパへと繋がる浅草の「扉」、欧州の文化を伝える場所でありたいとの願いが込められて
いるそうです。
 
 
 

グラヴェール(「カガミクリスタル長谷川秀樹さん)


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「グラヴュール」を施したワイングラスは、
日本でも作られてきました。
デザインしたのは、「カガミクリスタル」の創業者で、
ガラス工芸を工芸美術の一分野へ高めるのに先駆的役割を果した
各務鑛三(かがみこうぞう)です。
各務(かがみ)は、昭和2(1927)年から
国立シュツットガルト美術工芸学校へ入り、
校長のアイフ教授に師事して、
日本人として初めて「グラヴュール」を学びました。
(昭和9(1934)年、後の「カガミクリスタル」創設)
 
各務(かがみ)が伝えた技は、今も受け継がれています。
孫弟子に当たる長谷川秀樹さんです。
 

www.kagami.jp

 
長谷川さんが使っているのは、回転する銅の円盤です。
油に溶いた目の細かい研磨剤を塗ります。
厚さ1.5㎜程のごく薄いガラスを少しずつ彫っていきます。
 
「付け足す訳じゃないので、彫り込んでいきます。
彫ってあるけど浮き出て見えるというのが、
『グラヴュール』の一番の特徴です。
深く彫ったものほど浮き上がって見えます」
 
それでは、とっておきの逸品をご紹介しましょう。
透明ガラスの上に赤い色ガラスをかぶせ、
「グラヴュール」を施しています。
巧みに陰影を作り、
森に暮らすシカの生き生きとした姿を描写しています。
ワイングラスを格調高く彩る「グラヴュール」は、
ガラスを飾る最高の技です。
 
 
 

美の壺3.ステムがまとう祝宴の装い

 

ステム(「グラスヒュッテ銀座」・向野忠正さん)

 
今も昔も、宴を華やかに演出してくれる
「ワイン」と美しい「ワイングラス」。
ワイングラスに添えられた特別な装い・・・
それが「ステム(Stem)」です。
 
アンティークグラスの専門店「グラスヒュッテ銀座」を
経営する向野忠正さんに「ステム」について教えていただきました。
(「グラスヒュッテ銀座」は平成25(2013)年6月23日に閉店)
 
ワイングラスは「リム」「ボウル」「ステム」「プレート」の4つの部位から成り立っています。
 
「リム」は飲み口のこと、つまり唇が直接触れる部分です。
 
「ボウル」はワインを溜める部分のことです。「ボウル」の広さやカーブの角度などによって、ワインの香りの広がり方が変わってきます。ワイングラスは、国際的には「ボウル」の部分を持つのが一般的とされています。
 
「ステム」はワイングラスの「脚」のことで、
「ボウル」と「プレート」を繋ぐ部分のことです。
 
「プレート」はワイングラスを支え、ワイングラスとテーブルが接する部分のことです。ソムリエの方の中には、テイスティングの時に「プレート」を持つ方もいらっしゃいます。
 
「(「ステム」は)自分の心臓よりも上に上げる感じがあるので、
 やはり、何か人間よりも上のものに対して、
 天であるとか神に対しての
 感謝を捧げるような感じになりますよね」
 
日本では、ワイングラスは「ステム」部分を持つのが
基本的なスタイルとされています。
そして、親指・人差し指・中指の3本で「ステム」を支えます。
「ステム」を持つ理由としては、
手の温度がワインに伝わらないようにするためです。
 
 
長いワイングラスの歴史の中で、様々な「ステム」が生まれました。
 
まずは、「レーマーグラス (レーマー杯・Römer Glass)」。
「レーマーグラス(レーマー杯)」とは、
一般的に太い「ステム」と卵型とか樽型の「ボウル」からなる、
中世の雰囲気そのままのデザインが魅力的なワイングラスです。

 
「レーマー」とは、ドイツ語の「リューメン」=「祝福」を
意味する言葉と言われています。
「レーマーグラス」の特徴のひとつに、
「ステム」部分の突起状の飾りがあります。
これは、食事の際にナイフとフォークを使用する習慣が出来る以前、
食べ物を掴んだ油だらけの手で持っても
グラスが滑らない工夫だと言われています。

 
 
「ドラゴンステム」は、
色ガラスで「タツノオトシゴ」を象られているため
そのように呼ばれているものです。
17世紀にヨーロッパで大流行したそうです。
 
「ステム」は喜びの杯を捧げ持つためのものなのです。
 
 

イギリスのステムグラス

 
18世紀のイギリスでは、高価な輸入ワインを大切に飲むために、
「ワイングラス」はより凝ったデザインになっていきました。
中でも「ステム」作りには、最先端の技術が注がれました。
 
 
「バラスターステム(baluster stem)」は、
ルネサンス時代の建築の手摺の笠木部分を支える小さな柱の呼び名から
この名前が付きました。
突起した形態が特徴である。
 
17世紀半ばまで、イギリスではガラス生産量は少なく、
多くをヴェネチアからの輸入に頼り、
「ヴェネチアングラス」の影響を受けたデザインをしていました。
ところが1674~76年頃に
「鉛クリスタルガラス」が開発されたことにより、
「ヴェネチアングラス」から脱却し、
シンプルながら優美な形態を好むイギリス人の嗜好から、
よりシンプルで頑丈な独自のスタイルへと変化しました。
ただ、「ステム」部分には工夫が向けられたことから、
17世紀終わりから18世紀にかけて、
バリエーション豊かなステムグラスが生み出されました。
また、17世紀半ばから、
幾度となく発令されたガラスへの税制条例のため、
ガラスの軽量化を余儀なくされたことも、
結果的に多様なステムを考案する原因となりました。
 
 
「オペークツイストステム」は、
ベネチアで生まれたレースグラスを一層精ちにして、
「ステム」の中に取り込みました。
特に螺旋が二重になっているものは珍重されました。
 
18世紀の末になると、イギリスの「ステム」は更に進化して、
色ガラスを使った華麗なデザインになりました。
ワイングラスを支える贅沢な「ステム」。
ワインを飲むひとときに、華やかさを添えます。

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