MENU

美の壺「モンブラン」 <File 257>

<番組紹介>
秋の味覚・栗(くり)を使った定番の人気ケーキ
「モンブラン」。
西洋の伝統菓子として始まり、昭和の日本にやって来て、
より美しく変化していった。
アルプス最高峰モンブランに見立てた形と、
和栗に徹底的にこだわった。
和食材との融合など、バリエーションは、さまざま。
はるか昔から
栗の食文化を大切に育んできた日本人の思いが加わり、
和製モンブランは、さらに美に磨きをかけ続けている。
 
<初回放送日:平成24(2012)年11月14日>
 
 
 
食欲の秋。秋の味覚と言えば、
何と言っても「栗」をふんだんに使った「モンブラン」ですね。
 

 
「モンブラン」と言えば、まず「黄色」ですが、
これは日本生まれの「和栗」(わぐり)の色です。
一方「茶色」は、欧州産の「洋栗」(ようぐり)の色です。
 
 
フランスやアメリカなど、
世界7か国の「モンブラン」を食べたという
里井真由美さんによると、
「フランスのモンブランにはソースがかかっています。
 ”ソース”って、フランスの食文化に欠かせない物。
 一方、アメリカのモンブランはとても大きいのですが、
 それってアメリカのボリューム志向みたいな。
 それぞれお国柄が出るのかなと、ちょっと思いました。」
 
19世紀後半にヨーロッパで生まれたと言われる「モンブラン」も
今では世界で愛されるケーキになりました。
そして、今や日本でも定番ケーキとなった「モンブラン」。
今回は「モンブラン」の様々な美が紹介されました。
 
 

美の壺1.そそり立つ造形にアルプスを見よ


www.youtube.com

 

「モンブラン」と「マロングラッセ」(ブールミッシュ・吉田菊次郎さん)

 
「モンブラン」といえば、紐状のクリームですが、
これはどうして生まれたのでしょうか?
ケーキの歴史に詳しい吉田菊次郎〈よしだ きくじろう〉さんに
教えていただきました。
吉田さんは、フランス、スイスで製菓修行をし、
数々の国際賞を受賞されているパティシエで、
帰国後、「ブールミッシュ」(本店銀座)を開業しています。
 

 
まず吉田さんが作ったのは、「マロングラッセ」です。
「マロングラッセ」は、渋皮を剥いて柔らかく煮た栗を、
数日かけて砂糖液で煮たものです。
熱いシロップに長時間浸されるため、
どうしても栗の形が崩れてしまいます。
 
ところで、その「マロングラッセ」と「モンブラン」が
どう関係しているのでしょうか?
 
 「壊れの再利用ということで、
 昔のパティシエがペーストにしてみて絞ってみようかということで、
 『モンブラン』というお菓子が生まれたんです。」
 
「モンブラン」は「マロングラッセ」の副産物だったのです。
更に滑らかにするために、ペーストに生クリームを混ぜ、
細く絞り、空気を含ませフワッと盛りつけました。
こうして紐状の形が生まれたのです。
 
 

 
ところで「モンブラン」はフランス語で、
モン(Mont)が「山」で、ブラン(Blanc)は「白」で
「白い山」を意味するのですが、
どうしてそれがケーキの名前になったのかについて
吉田さんに伺いました。
 
「ヨーロッパアルプスの最高峰だし、
 てっぺんに真っ白い雪を頂いている、
 おー、これはまるで『モンブラン』のようだということで、
 誇りを持って付けた。」
 
「モンブラン」は山の形をしていて、
そこに粉砂糖を振りかけて・・・・、
アルプスの「モンブラン」が誕生しました。
 
 
 

アルプスへの様々な眼差し


www.youtube.com

 
「モンブラン」は、フランスとイタリアの国境にそびえています。
標高は4810.9mとアルプス山脈の中でも最も高い山です。
フランスから見える「モンブラン」は、
丸みを帯びたドーム型をしていますが、
イタリアから見える「モンブラン」は、
鋭く尖った険しい形をしています。
その理由は、アルプス山脈の地形にありました。
 
フランスから見える「モンブラン」は、
等高線の間隔が広くなだらかな姿をしていますが、
イタリア側は、氷河が荒々しく山肌を削り取ったため、
険しい形になったのです。
 
この2つのイメージから、
2つの国の洋菓子「モンブラン」には違いがあります。
フランスの「モンブラン」は、優しいドーム型の山頂を真似て、
マロンクリームが丸みを帯びた形になっています。
そしてアルプスの雪が粉砂糖で表されています。
 
一方イタリアの「モンブラン」は、生クリームが高く積み上げられ、
険しい雪山のようになっています。
そして紐状のマロンペーストは、
山の麓に鬱蒼(うっそう)と茂る森を表しています。
 
因みにフランス語では「モンブラン」なのですが、
イタリア側では、同様に「白い山」を意味する「モンテビアンコ」と
呼ばれていました。
20世紀初頭、南仏で開店したカフェで「モンブラン」が
誕生しました。
現在はパリを本店に世界中に支店を持つ老舗カフェの
「アンジェリーナ」です。
当時流行していたヘアスタイル「スクエアボブ」から
着想を得て、カリッと乾燥したメレンゲの土台に生クリームを載せ、その上を栗のペーストを紐状に仕上げたもので覆ったお菓子でした。
 
 
そして第3の「モンブラン」が日本で生まれました。
その一翼を担ったのが、菓子職人・迫田千万憶(さこた ちまお)です。
彼の生み出した「モンブラン」は、
「マロンクリーム」がこんもり積み上がっています。
 

 
この立体感は和菓子の道具「小田巻」(おだまき)によるものです。
「小田巻」でマロンクリームを絞ると、
穴から出てきた紐状のクリームが自由に動き、広がります。

「小田巻」は主に練り物を絞り出す際使われる道具です。
和菓子では、練りきりなどを糸状に絞り出す際使用し、
洋菓子ではモンブラン、他には鯛そうめん作りにも使われています。
筒の中に餡やペーストを入れて、ところてんみたいにして押し出して先の穴から絞り出します。
 
 
迫田は1930年代にヨーロッパの菓子店に単身渡り、
厳しい修業を積みました。
スイーツ研究家・平岩理緒さんは、
迫田はヨーロッパでの修業の厳しさを
アルプスの山肌の表現に込めたのではないかとおっしゃいます。
「モンブラン」には、アルプスへの様々な眼差しが投影されているのです。
 
 
 

美の壺2.日本のモンブランに和栗あり

 

和栗

 
日本人に馴染み深い「モンブラン」ですが、
海外の人達によると、あるポイントが珍しいと言います。
それは、「栗」をモンブランに載せるということです。
実は、「栗」は日本ならではの飾りつけなのです。
 

 
先ほど登場したスイーツ研究家・平岩理緒さんにお話を伺いました。
「やっぱり『栗』って、昔から『勝ち栗』っていう言葉もあるように、
 おめでたい物として食べられてきた物なので、
 縁起の良さを象徴しているというのがありますね。」
 

 
昔から「和栗」は重宝され、数多くの菓子が作られてきました。
その「栗」へのこだわりや思いが、
「モンブラン」が日本に浸透した理由なのではないでしょうか。
 
 

小布施栗

 
長野県小布施町(おぶせまち)は、
室町時代より「和栗」の名産地として知られ、
その質の高さから、江戸時代には栗を年貢として納めていました。
 

 
小布施で作られた「和栗」大きな物は4から5㎝にも及びます。
豊かな甘味と風味の日本原産の栗は「和栗」と呼ばれ、
愛されてきました。
ところで立派な和栗はどのように生まれるのでしょうか?
 
 

 
そのカギは、小布施を流れる松川の「水質」にありました。
郷土史家の金田功子さんにお話を伺いました
 
「この松川の源流が横手山の方の活火山だったんですけど、
 そこの成分が硫黄とか、
 そういうのが入っているのがここに流れてきてて、
 石が”酸化”っていうか茶色くなってますよね。」
 

 
小布施の土壌は、火山によって培われた「酸性」の土壌で、
豊穣な果物をもたらしてくれます。
りんご、巨峰、桃、洋梨、あんず、ソルダム(すもも)、
プルーン、チェリー、ブルーベリーなどなど・・・、
どれをとっても味は他の産地のものとは一味違います。
特に、栗の木は「酸性」の水が行き渡った土壌を好むため、
小布施では大きく健康的な実が成るのです。
 

 
更に、小布施の農家が力を入れているのが「枝打ち」(えだうち)です。
南側の枝をこまめに払って、
北側の枝にもたくさんの日光を当てます。
農家は100本以上の栗の木の全ての枝ぶりを把握して、
丹精込めて育てています。
 

 
 

小布施栗で作った、カフェ・ロマーノのモンブラン

 
この小布施の栗を使って、こだわりのモンブランを作る人がいます。
古都鎌倉の小町通りにある「カフェ・ロマーノ」の岡田 剛さんです。
 
岡田さんが着目したのは、小布施栗の「ゆで汁」でした。
栗のゆで汁は、栗の殻の色素が滲み出て「茶色」になっています。
このゆで汁を捨てずに、なんと栗のペーストに加えるのです。
出来上がったのは、何とも風情がある「枯れ草色」のモンブランです。
 
果肉の甘味と殻の苦味がもたらす深い味わいと優しい色が人気の
大人の秋の「モンブラン」です。
「ロマーノといえばモンブラン」と言われるほど、
小布施栗のモンブランは、今やカフェ・ロマーノの代名詞ともなっています。
 
常連客の橋本美江さんは、
「いい色が出てますよね、この色、いい色ですよね。
 秋の景色を思い浮かべますし、幸せですよね。」と
おっしゃっていました。
 
  • 住所:〒248-0006
       神奈川県鎌倉市小町 2-7-35
       小町ビル 2F
  • 電話:0467-24-7058
 
 
 

美の壺3.モンブラン、和の極みへ

 
和栗や」のモンブラン


www.youtube.com

 
昭和の風情、下町レトロな雰囲気の残る東京・谷中(やなか)にある
日本唯一の和栗専門店「和栗や」の店内では、
茨城県笠間市岩間地方にある自社農園で作った栗を使った
一風変わった「モンブラン」が作られています。
 

 
下に寒天と白玉の入った、あんみつ風の「モンブラン」に、
「抹茶のモンブラン」は、
マロンクリームに抹茶を加えた緑のモンブランです。
表の顔はモンブラン、裏の顔は「紫イモ」・・・の
「モンブラン」もあります。
どうやらモンブランは和の食材と相性がいいようですね。
<注:平成24(2012)年当時のメニューです。>
 

 
和栗や 谷中店
  • 住所:〒110-0001
       東京都台東区谷中3-9-14
  • 電話:03-5834-2243
  • 営業時間:11:00〜18:00
       (店内飲食のラストオーダー17:00)
  • オンラインショップ
 

 
 
「渋皮煮」(東京・吉祥寺「四季料理 八献」)
東京・吉祥寺にある日本料理店「四季料理 八献」には、
モンブランと関係が深いメニューがあります。
栗の「渋皮煮」(しぶかわに)です。
 

 
栗は殻を剥くと、その下には「渋皮」と呼ばれる
褐色の薄い皮に覆われています。
「甘露煮」が「渋皮を取って甘く煮た栗」のことであるのに対して、
「渋皮煮」(しぶかわに)とは
「渋皮がついたまま甘く煮た栗」のことを言います。
渋皮を付けたまま煮ると、栗の風味が濃く残るので、
味も香りも楽しみたい時は「渋皮煮」を作るのがおすすめです。
 
店主・草野剛久さんは、
栗の「渋皮煮」は、気の利いた和食に重宝するとおっしゃいます。
「大切なお客様が来た時のお茶うけであったりとか、
 食べてちょっと口が飽きてきた時に口直しという感じで使っています。
 手間が凄いかけられて作られる物なので、特別感が増します。」
 

 
手間というのは、栗の殻を剥いた後に、
表面に残る毛羽(けば)を竹串で取り除かなくてなならないためです。
更にその後、硬い渋皮を柔らかくするために、
1時間以上じっくり煮込まなくてはなりません。
こうして、和食ならではの味わいが生まれるのです。
 
 
ロートンヌ」の渋皮煮を裏ごししたペーストを使ったモンブラン

 
今、この「渋皮煮」を「モンブラン」に使うことが注目されています。
都内に3店舗を構える「ロートンヌ」のオーナーシェフで、
カリスマパティシエの一人として知られる神田広達さんは、
栗の「渋皮煮」を裏ごししたペーストを使って、
「モンブラン」を作っています。
 
神田さんによると、「渋皮煮」でモンブランを作ろうとして
困ったことがあったそうです。
ペーストを絞る時に、渋皮の粒が穴を通らなかったのです。
神田さんは特殊な口金を使うことにしました。
その口金で作った「モンブラン」は、
まるで、瓦の屋根を持つの民家のような形をしています。
 
ロートンヌ 秋津店
 
 
日本料理店 櫻川の究極の「和風モンブラン」
最後は、究極の「和風モンブラン」です。
日本料理店「櫻川」の店主・倉橋祥晃(くらはし よしあき)さんは、
大阪の老舗料亭を始めとしておよそ40年、和食の世界で腕を振るってきました。
あの「吉兆」の創業者・湯木貞一氏の最後のお弟子さんです。
 
倉橋さんは、まずは小豆を2時間じっくり煮込んで黒砂糖を混ぜて、
「黒餡」を作ります。
直径わずか2、3㎝の「黒餡」の上には、
特製の「抹茶」を合わせた栗のクリームを1㎜の組み合わせで
1本ずつ絞り出していきます。
黒餡の上には栗の「甘露煮」を載せました。
 
倉橋さんの「モンブラン」は
アルプスではなくて、日本の「菊」を象ったものです。
 
 「モンブランは、秋の味覚である『栗』をたっぷり使っているので、
 日本人のイメージがとても強いお菓子だと思います。」
 
「モンブラン」は日本料理と出会い、和の極みへと華麗に変身しました。

 

f:id:linderabella:20210513110059j:plain