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美の壺「料理の名脇役 和の辛み」<File 496>

<番組紹介>
和食の名脇役、
わさび・さんしょう・からし「和の辛み」の魅力に迫る!
富士山の湧水が育む極上わさび。
すし職人に聞く、わさびの究極の味わい方。
京都の家庭の味「ちりめんさんしょう」や、
岐阜・高山でとれる稀少な赤さんしょうも登場。
アクを取り除いて、辛みを引き出す伝統の和からし作りや
熊本の郷土料理「からしれんこん」の誕生秘話に
丁寧な手仕事も。
日本の食文化が培った「和の辛み」を徹底紹介。
 
初回放送日: 令和4(2020)年2月21日(金)
 
 
 

美の壺1.自然が育む日本の辛み

 

静岡県御殿場「真妻わさび」(田代恵一さん)

 
静岡県御殿場市は、
江戸時代から高級わさびの産地として知られています。
その御殿場市小山でわさびを栽培するわさび農家の田代恵一さんは、
JA御殿場わさび組合に所属する若手実力者です。
 
田代さんが丹精込めて育てたわさびを収穫していました。
「こういう形で植わってるんですけど、
 一つの苗からここにある大きいのが一番最初に植えたわさびですね。
 それが成長しながら分蘖(ぶんけつ)して、
 こうやってわさびが出来ますね。」
 
わさびは1年程で収穫出来るものもありますが、
田代さんが手掛けるのは、
収穫まで2年の歳月掛かかる「真妻(まづま)わさび」です。
鮮やかな緑が眩しい「真妻」は、
根元から先端までまっすぐ同じ太さで、ずしりと重いわさびです。
辛みがあり、香りも高く、生わさびの状態で出荷されます。
市場に出せば、1本5000円の値がつくこともあり、
料亭や高級すし店で使われています。
 
 

 
良いわさびを育む一番の環境は「水」です。
御殿場のわさび栽培地の水は、
富士山に降った雨雪が長い年月をかけて伏流水となり、
麓で湧水となったものです。
極めてキレイで且つ各種ミネラルを豊富に含む水です。
一年を通じて摂氏10度から13度。
真夏でも水温が上がらない湧き水は、わさび栽培に打って付けです。
 

 
わさびは水に溶け込んだ酸素を吸収しながら育ちます。
御殿場市小山では、
わさび田の下に酸素パイプを通して酸素を水に取り込む、
「北駿式」(ほくすんしき)と呼ばれる方式で栽培されています。
因みに、伊豆の天城(あまぎ)では、山間部で水が湧き出る斜面を利用し、
細かい段差を設け、酸素を水に取り込む、
「畳石式」(じょうせきしき)と呼ばれる方式を取っています。
 

 
わさびの苗を水が流れ続けるわさび田に植え付けます。
土の上に苗を置き、それを石で押さえるだけという、
至ってシンプルな植え方です。
その石は、流れてきた水を直接、苗に当てないように、
水の流れを分散し、均一に水が流れてくるようにもしてくれます。
わさびは石の下に根を生やし、横向きにゆっくりと成長します。
 
「本当に偶然、偶然なのか何か分からないですけど、
 本当にここでやらせていただいているというか、
ありがたいですね。」
 
 
 

恵比寿の寿司店「松栄 恵比寿本店」(寿司職人・神田和人さん)

 
恵比寿にある寿司店「松栄 恵比寿本店」の寿司職人・神田和人さんは、
「真妻わさび」しか使いません。
神田さんは、
美味しいわさびは辛いだけではないのだとおっしゃいます。
 

 
「いいわさびは、表面のイボが均一で、螺旋を描いていること。」
 
イボには旨味があるので、削り取ってしまうのは厳禁!
汚れだけをそっと削ぐように、茎の上から下へおろします。
 
 

 
おろし板は「鮫皮」が定番ですが、神田さんは「鋼製」を使います。
目が細かく、わさびを滑らかにおろすことが出来るからです。
 
「わさびは笑いながら擦れ」という言い方があります。
力を抜いて空気を含むように、
「の」の字を書くようにゆっくりとおろします。
爽やかな香りが立ち昇ってきました。
柔らかな緑が美しい、クリーミーでしかもピリッと辛い、
おろしたてのわさびです。
 

 
神田さんはネタによってわさびの分量を変えています。
脂の乗ったトロには、
わさびの味が負けないようにたっぷりと使います。
白身とかイカとかさっぱりしたものには、
わさびは少なめにします。
 
主役の魚を引き立てるわさびは、まさに寿司の名脇役。
神田さんおすすめの究極の贅沢は、
わさびをつまみに冷酒をいただくこと!
この時は、わさびが主役です。
自然の恵みが生んだわさび。
口に入れると、豊かな日本の風景が広がります。
 
  • 住所:〒150-0022
       東京都渋谷区恵比寿南1丁目2−4
  • 電話:03-3711-4364
 

 
 
 

美の壺2.山で味わうピリリと辛み

京都祇園「ちりめん山椒」(京佃煮舗 やよい・中西良仁さん)


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古都・京都。
八坂神社南楼門より歩いて南へ2分程のところに、
京都の数奇屋大工棟梁・中村外二さんが手掛けた
数奇屋建築の素敵なお店があります。
食べる辛み「ちりめん山椒」のお店「京佃煮舗 やよい」です。
「ちりめん山椒」は、甘辛く煮た「ちりめんじゃこ」と、
噛めばピリッとする「実山椒」のおばんざいです。
 

 
「ちりめん山椒」の始まり
 
京都市・北野天満宮の東側に位置する花街
「上七軒」(かみひちけん)で料理人をしていた晴間保雄が
「ちりめんじゃこ」と「実山椒」を、
"炊き合わせてみた"のが始まりと言われています。
 
やよい」の「ちりめん山椒」は、
奈良東大寺長老・故清水公照師が食されて、後に直筆で「おじゃこ」と名付けていただいたものです。
 
 
京都といえば、5月になれば山椒が採れます。
スーパーには、京都北部や兵庫県などで採れた「朝倉山椒」が
一斉に並びます。
 

 
本来京都では、店などで買うものではなく、
その家の常備菜としてあるもので、
辛いもの、甘いもの、黒っぽいもの、白いものと
家庭毎の美味しさがあります。
 

 
 
京佃煮舗 やよい」では、毎年初夏に収穫し、醬油漬けにした
大きめの「朝倉山椒」を使います。
一緒に炊くのは、
九州近海や瀬戸内海で獲れた「ちりめんじゃこ」です。
 

 
京佃煮舗 やよい」では、料亭で腕を磨いた先代が導いた
ちりめんじゃこ「8」に山椒「2」の割合を
二代目の中西さんも守っています。
それに酒とみりんに3種類の醬油を合わせて、15分程炊き上げます。
 

 
この「ちりめん山椒」が、
どうして京都の家庭の味になったのでしょうか?
 
「よく乾物、干物、ああいったものを塩干物というのを
 私も子供の頃、食べてましたし。
 ちりめんじゃこというのは、
 ちょっと混ぜると、お野菜であったり、何かであったりというのが
 引き立つもんなんで、非常に馴染みのあるものです。」
 

 
「あと、やっぱり旬というのを京都の人は凄く楽しまれると思うので、
 やっぱ、山椒が採れる頃になると、
 馴染みのある「ちりめんじゃこ」と「山椒」というのを掛け合わせて、
 各家庭でそれぞれが楽しんでおられたんじゃないかなと。」
 
お粥さんにじんわり沁みた、醤油の甘みとピリッとした山椒の辛み。
海の幸と山の幸が京の都で出会いました。
 

 
  • 住所:〒605-0821
       京都府京都市東山区
          祇園下河原清井町481
  • 電話:075-561-8413
  • オンラインショップ
 
 

飛騨「赤山椒」(飛騨山椒・内藤一彦さん)


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岐阜県高山市は、江戸時代、天領だった飛騨郡代が
徳川将軍に献上したという記録もある「山椒」の産地です。
 

 
岐阜県飛騨山脈(北アルプス)の麓で栽培している「山椒」は、
高原山椒(たかはらさんしょう)という、実が小ぶりで、
他種よりも爽やかな柑橘系の香り成分を多く含んでいるのが
特徴の品種です。
この「山椒」の木を別の場所に植えても、同じものは出来ないのだとか。
標高800m山に囲まれたこの土地が、独特の「山椒」を育むのです。
 

 
その高山市で、秋の初め、
特別な「山椒」の収穫が行われていました。
「赤い山椒」です。
夏に摘み採らず、木に残した「山椒」の実は、
秋に熟して真っ赤な衣を纏っています。
この赤く熟した「山椒」は、
柑橘系の香りに加えて、花のような甘い香りを放ちます。
 
その「赤い山椒」を一房ずつ摘み採り、
天日干しと陰干しを繰り返して、丁寧に乾かしていきます。
その後、手で揉んで、黒い種と赤い皮をより分けます。
種を取り除いたものが「赤山椒」です。
青い山椒とは違った、
フローラルな香りとマイルドな辛さが特徴の商品になります。
 

 
「赤山椒」はしっかりした味の料理によく合います。
ふわとろの親子丼には、ピリリと辛みをアクセントに。
ピザとも相性ピッタリ。
きのことチーズの濃厚な味を赤山椒の香りと辛みが引き立てます。
高原の秋が香る華やかな辛みです。
 

 
「辛みっていうのは、無くてもなんとかなるという人がいますけど、
 とんでもない。
 無くては締まらないですよ、美味しさが半減します。」
 
  • 住所:〒506-1431
       岐阜県高山市奥飛騨温泉郷村上135
  • 電話:0578-89-2412
 
 
 

美の壺3.一手間かけて香る辛味

 

東京根津・割烹「樂 はせ川」(長谷川晋一さん)


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冬と言えば、やっぱり「おでん」!
そのおでんに欠かせない辛みといえば、「和がらし」です。
「和がらし」は、オリエンタルマスタードの種を粉末にしたものを
お湯で溶いて作ります。
 

 
 
東京・根津にある割烹「樂 はせ川」は、
からしに特別なこだわりを持つ。
京都、大阪、金沢などで修業された店主の長谷川晋一さんは、
からしは使い道が多いとおっしゃいます。
 
「わさびなんかが流通ない頃には、
 ほとんどのものがからしで生物なんか食べてましてね。
 まず毒消しみたいな意味もあるし。
 あとはポイントですよね。味が締まるという。」
 
長谷川さんは、今ではほとんど行われなくなった伝統的な方法で、
からしを練ります。
まず粉からしに沸騰したお湯を注ぎ、かために溶きます。
ここからが伝統の技。
ここに半紙を敷いてですね、天ぷらの敷紙で蓋をします。
そこに沸騰したお湯を入れます。
敷紙がひたひたに浸かるくらいたっぷりと。
そして、なんとカンカンに起こした炭を入れます。
すると、お湯がアルカリ性に変わり、灰汁がお湯の中に溶け出します。
これで一晩冷めるまで置きます。
山菜などを灰汁抜きするのと、同じ原理です。
 
一晩置いて炭を取り出すと、水の中に灰汁の成分が溶け出しています。
水を捨てたら最後の仕上げ。
古来、「からしは怒って溶け」と言われているのだそうです。
「てやんでぇ!」と、力一杯かき混ぜるほど、辛みがたつのです。
このツーンとする辛みが、これですごい来ます。
鮮やかな黄色が美しいからしになりました。
 

 
「手ってのは、抜くと抜いただけしっぺ返しをくらいます。
 手を掛ければ掛けただけ答えはちゃんと出てくれますんでね。
 そこをやるかやらないかの問題だけなんですけど。」
 
2日がかりで作ったからしで、調理が始まりました。
どんな料理が出来るんでしょう?
かつおと昆布のだし汁に、からしをスプーンに2杯たっぷり溶きます。
それを湯がいた菜の花にかけて、一晩、寝かせると、
春をことほぐ小鉢「菜の花のからしあえ」が出来上がりました。
 

 
割烹「樂 はせ川
  • 住所:113-0031
       〒東京都文京区根津2丁目16-8
  • 電話:03-5832-9406
 
 

「辛子蓮根」作りの名人・大橋節子さん


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熊本市には、全国に知られるからしを使った料理があります。
およそ400年前の江戸時代の初めに熊本城で生まれた
「辛子蓮根」(からしれんこん)です。
シャキシャキした「蓮根」に「辛子味噌」がピリッと効いた、
熊本が誇る郷土料理です。
 
 
寛永9(1632)年、肥後の初代藩主・細川忠利公は、
日頃から体が病弱で、食も細かったことから、
心配した羅漢寺の玄宅和尚は
「何か栄養のあるものを」と苦心して探していました。
 

 
熊本城の外堀には、
前藩主の加藤清正が非常食用にと植えていた蓮があったので、
玄宅和尚は栄養価が高い蓮根を煮て忠利に勧めましたが、
忠利公は蓮根は「泥の中で育った不浄なもの」として、
決して箸をつけようとはしませんでした。
 

 
 
蓮根を見せずに、
気づかぬうちに蓮根を食べさせる方法を考えていたところ、
賄い方の平五郎さんという方が、
蓮根の穴に味噌と和からしを混ぜ合わせたものを詰め、
小麦粉、空豆粉、卵の黄身の衣をつけて油で揚げるという
料理方法を思いつきます。
 

 
これを忠利公に食べさせたところ、
とても気に入られて、たちまち辛子蓮根党となり、
病弱だった忠利公は食欲も増し、みるみる剛健になられたそうです。
 

 
それ以降、「辛子蓮根」は細川家のお家料理となったと言います。
また、輪切りにした蓮根の外観が、
細川家の家紋「九曜」(くよう)の紋に似ている事もあって、
忠利公は「辛子蓮根」の製造方法を秘伝とし、
明治維新まで門外不出の味となりました。
 

 
この門外不出だったお殿様の料理は、
明治以降、一般庶民にも広まりました。
 

 
 
 
熊本県中央部にある富合町(とみあいまち)に住む
大橋節子(おおはしせつこ)さんは「辛子蓮根」作りの名人です。
 
「蓮根」の旬は、秋から冬です。
この時期に作る「辛子蓮根」は、格別の味だとか。
大橋さんに「辛子蓮根」を作っていただきました。
 

 
まず、「蓮根」をたわしで丁寧に洗ったら、下ゆでします。
味の決め手は、麦味噌に混ぜ込むからしの分量です。
麦味噌500gに対して粉からし23gを入れるのが、
大橋さんの黄金比です。

 
これをしっかりと混ぜて作った「辛子味噌」を
蓮根の穴の隅々までに詰め込んでいきます。
そして衣をつけて油で揚げれば、美しい「辛子蓮根」の出来上がりです。
 

rkk.jp

 
「辛子蓮根」は、お正月やお祭りに欠かせない、
ハレの日の料理です。
地域の人達も、大橋さんの「辛子蓮根」を楽しみにしています。
細やかな人の心と豊かな風土が育てた、和の辛みです。
 

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