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美の壺「あおによし 天平の仏像」<File 531>

<番組紹介>
芸術が開花した天平仏像とは?
▽湘南乃風・SHOCK EYEさんが感じる
 奈良の大仏、祈りのパワー
▽唐招提寺・岡寺・聖林寺・大安寺の仏像が大集合!
 最新技術で驚きの事実▽阿修羅の来歴は5000年!?
▽写真家・入江泰吉が撮った優しい微笑みの阿修羅秘話
▽新薬師寺の十二神将の極彩色の世界
▽東大寺・法華堂の秘仏、執金剛神立像の
 天平の色が現代の仏師によりよみがえる
▽渡部豪太扮するイケ仏が降臨!!
<初回放送日: 令和3(2021)年3月19日>
 
 
1300年前、奈良・平城京で花開いた「天平文化」。
多くの自然災害や天然痘の大流行で、
人口の3割が命を落とすほど、苦難に満ちた時代でした。
病の退散と平和を願い造られたのが「奈良の大仏」です。
天平と令和が重なる今、
仏像から困難な時代を乗り越える力を探りましょう。
 

 

美の壺1.時を越えて受け継ぐ

 

湘南乃風・SHOCK EYE さん


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人気音楽グループ「湘南乃風」の
SHOCK EYE(ショックアイ)さんは、
音楽活動以外にも、
「歩くパワースポット」としても、話題沸騰中の方です。
 

 
SHOCK EYEさんは、年間100社以上の寺社仏閣を参拝し、
写真を撮り、自身のSNSで発信し続けているのですが、
「SHOCK EYEの写真を待ち受けにすると運気が上がる!」と
噂が噂を呼び、待ち受け写真にする人が続出。
 
 
「いいね!」が集まった写真を厳選し、
背中を押してくれるような言葉とともにまとめた
最新刊『待ち受けにしたくなる』も話題となっています。
 
 
 

国宝・「盧舎那仏」(東大寺)


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今からおよそ1300年前に、
聖武天皇によって創建されました。
 
御本尊は、奈良の大仏として知られる「盧舎那仏」。
銅製の仏像としては世界一の大きさを誇ります。
自然災害や天然痘に苦しめられた奈良時代。
廬舎那仏は「国家安寧」「病気平癒」を願い、
民衆からの寄付を募って造られました。
 
不安や希望を一身に受け止め、人々を支え続ける「廬舎那仏」は、
戦火により二度の消失に遭い、
1300年前の姿をとどめているのは、下半身のみです。
上半身は平安時代、お顔は江戸時代のものだそうです。
 
このお姿が絶妙なバランスだというSHOCK EYEさん、
東大寺の僧侶で、大佛殿副院主の清水 公仁(しみず こうにん)さんに
お話を伺いました。
 
  • 住所:〒630-8211
       奈良県奈良市雑司町406-1
 


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天平の仏像の特徴(東京藝術大学・山田修特任教授)


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天平の仏像の特徴について、
東京藝術大学の山田修特任教授に、
天平の仏像の中から特徴的な像をピックアップして
説明していただきました。
 
山田先生は、全国の寺で300以上の仏像や建物を
3D計測機を用いてデジタル化し、
コンピューター上に表示させる技術を軸にした研究を行っています。
(先進的なIT技術を用いた石膏取りのようなイメージだそうです。)
 
飛鳥時代は「金剛仏」と呼ばれる金属製の仏像が主流でした。
「金銅仏」(こんどうぶつ)とは、銅製の仏像彫刻に鍍金(メッキ)を施したものです。
作り方としては、蝋で形を作った後に土を塗り、焼くと蝋は溶けて土は固くなります。
できた銅像に金メッキを施して金色にするのです。
 
それが奈良時代になると、
素材も多様化したことで細かい装飾が可能になり、
より写実的になり、
体のラインもより自然で生き生きとした姿になりました。
 
大きさも素材も三者三様。
山田先生は、
この3体を見れば「天平仏」がよく分かるとおっしゃいます。
 
鑑真が創建した唐招提寺の「薬師如来像」は、
頭から台座まで、1本の木で彫られています。
 
岡寺の「如意輪観音像」は、
高さはおよそ5mで、
土で作られた塑像の中では、日本最大の仏像です。
 
 
聖林寺の「十一面観音像」は、
木の型に漆や木の屑を混ぜたものを塗り、形を整えた、。
 
それでは それぞれの像を比較してみます。
「(岡寺と聖林寺の)2つの像を見ると、
 非常に印象が似ているのではないかというふうに思っています。
 顔の輪郭、眉の彫り、鼻筋、口元など、
 よく似ているのが分かりますか?」
 
2体を重ねてみると…、ほとんど一致しました。
本来なら大きさが異なる仏像同士なのに、
なぜこんなに一致するのでしょうか?
これらの仏像は官営工房の仏師によるもので、
仏像の寸法や顔の規格が定められたと考えられるのです。
 
一方、唐招提寺と岡寺の仏像は似てはいますが、
一致するほどではありません。
唐招提寺の仏像は 鑑真とともに渡来した仏師が作ったとされ、
官営の規格とは別系統と言えます。
海外からの文化を受け、
その上で日本らしさを持つ仏像が生まれたのです。
 
「言ってみれば、
 この頃イメージしたものは、遺伝子みたいなもので、
 その後ずっと平安時代、鎌倉時代、
 そして現代においても受け継ぎ続けられているものだと思います。」
 
天平の仏像は、今も大和の地で静かに佇みます。
 
 
 

美の壺2.謎めく表情にこころを映す

 

国宝「阿修羅像」(興福寺)

 
興福寺「阿修羅像」は天平の最高傑作の一つです。
怒っているのか、憂いているのか、
微笑んでいるのか、悩んでいるのか・・・?
その神秘的な存在感は、
長い間、多くの人々を引きつけてやみません。
 
興福寺貫主の森谷英俊さんによると、
阿修羅像は、5千年以上前、
当時のヨーロッパ人が住んでいたコーカサス地方で、
人々が崇拝していた神々のお一人なのだそうです。
仏師は長い来歴を持つことを知ってか知らずか、
阿修羅像の目は青いのです。
 

 
阿修羅像は心の像ですから、人間の色々な心に影響を受けます。
5000年という悠久の時の中、
喜びも怒りも悲しみも全て詰めてきた阿修羅。
その面差しは光の当たり方で、まさに千変万化。
今、阿修羅はどんな表情でこちらを見ているのでしょうか?
 
  • 住所:〒630-8213
       奈良県奈良市登大路町48
 
 

阿修羅を愛した写真家・入江泰吉さん

 
天地を支え、合掌し、優しい微笑みを見せる阿修羅の写真。
「祈りの心」を写した1枚です。
撮影したのは、故・入江泰吉(いりえたいきち)氏。
阿修羅を愛した写真家の一人です。
 
奈良といって思い浮かべる写真の構図のほとんどは、
入江氏が作り上げたものです。
 

 
入江氏は、戦後、近代化によって変わりゆく奈良において、
その中でも変わらないものとして、
仏像を愛し、撮影に足繫く通いました。
 
 
阿修羅像も沢山撮影し、昭和34年に撮った観光ポスターは、
阿修羅のファンを増やすきっかけとなりました。
 
入江泰吉記念奈良市写真美術館の技術員の兼古健悟さんによると、
晩年にかけて写真の角度、目線が変わってきているそうです。
「お堂で御仏に祈った時の感動を表現したい」
そう語った入江氏は、
晩年、形に出来ない「祈りの心」を写そうと模索しました。
 
13年間、入江氏のもとで修業を積んだ、
弟子の牧野貞行さんによると、
お堂で仏様に一礼してから撮っていたそうです。
「優しいライトを使って
 仏さんの心を引き出そうと撮っておられました」
下から見上げるアングルは、人が仏像に祈る視線そのもの。
入江氏が撮った阿修羅は、
祈る人を包み込むような優しい顔をしています。
 

 
  • 住所:〒630-8301
       奈良県奈良市高畑町600-1
  • 電話:0742-22-9811
 
 

美の壺3.天平の色につつまれる

 

国宝「十二神将」(新薬師寺)


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激しい怒りがほとばしる力強い面相。
天平の芸術が、まさに花開いた「十二神将」(じゅうにしんしょう)です。
その躍動美は 圧巻のひと言です。
 
新薬師寺の御本尊は平安時代に作られた「薬師如来」。
そしてそれを取り囲むように守るのが、「十二神将」です。
一喝して病気も悪霊も払う、勇ましいお姿です。
 
青い顔に赤い髪が逆立ち、
「怒髪天」として有名な「バサラ像」は、
作られた当時、鮮やかな極彩色で塗られていました。
1300年の時間の経過で 今は ほとんど色が残っていませんが、
目を凝らすと、作られた当時の色が見えてきます。
暗闇に浮かび上がる天平の色。
赤、青の迫力ある凄んだ顔に、金に輝く鎧。
原色に彩られた戦場の勇士達です。
 
「十二神将」は、薬師如来を説く経典を読む者や信ずる者を護る十二人の神将です。
  1. 宮毘羅(くびら)   2. 伐折羅(ばさら)
  3. 迷企羅(めきら)   4. 安底羅(あんてら)
  5. マニ羅(まにら)   6. 珊底羅(さんてら)
  7. 因達羅(いんだら)  8. 波夷羅(はいら)
  9. 摩虎羅(まこら)    10.真達羅(しんだら)
11.招杜羅(しょうとら) 12.毘羯羅(びから)
また、薬師如来の十二の大願を守護する神でもあります。
大願とは、薬師如来が修行中に
「病苦を除き、安楽を与える」など
衆生を救うために発した十二の願いのことです。
 

 
  • 住所:〒630-8301
       奈良県奈良市高畑町1352
  • 電話:0742-22-3736
 
 

国宝「執金剛神立像」復元(東大寺・法華堂)

 
東大寺・法華堂では、年に一度だけ公開される秘仏があります。
法華堂の本尊背後の厨子内に安置されている、
国宝「執金剛神立像」です。
心木の上に粘土を何層にも重ねる技法「塑像」の傑作とされます。
 

 
1300年に渡り、厳重に守られてきた秘仏であるため、
今も奇跡的に 当時の彩色や金箔の一部が残っています。
しかしその実態は、解明が進んでいませんでした。
 


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今回、東京藝術大学文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室が
この秘仏「執金剛神」の模刻像を復元し、
その謎を解き明かす試みを行いました。
 
なお、復元彩色は「東大寺 執金剛神立像復元彩色プロジェクト」として
クラウドファンディングで寄附を募り、実現することが出来ました。
 
 
木と土で作った像に膠や漆などを塗り、下地を作ります。
彩色は「紺丹緑紫」(こんたんりょくし)という配色のルールに基づき、
塗っていきます。
「紺丹緑紫」とは、
「紺」「丹後」「緑」「紫」「朱」という反対色同士を組み合わせる配色のこと。
加えて、濃い色と薄い色を重ね、グラデーションにすることで、
より鮮やかに立体的に見せる効果を出していきます。
グラデーションのことを日本では
「繧繝彩色」(うんげんさいしき)と言います。
 
 

「紫」の復元

 
色の復元で最も苦労したのは「紫」でした。
 
Chinaから研究用に特別に取り寄せた紫鉱で、
当時の色を再現。
配合する水も敦煌のもの。
抽出方法や温度などを試行錯誤を繰り返して出来上がったのは、
温かみのある「紫」です。
令和の時代に蘇った執金剛神立像です。
 
立体的に見せる配色が仏像に躍動感を与えています。
左右非対称に模様を描くのは、遠近感を出すため。
極彩色に彩られた仏像は、眩き光り輝きます。
災いが影を落とした先には、
新たな文化が花開く・・・、
天平の仏像はそのように語りかけているようです。

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