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美の壺「大地の母 山」<File 549>

日本人の心のふるさと「山」。
北アルプスの女王と呼ばれる、燕岳。
雲の上の楽園では日の出や星空など
移ろう時が天空の大スペクタルとして現れる。
南アルプス、地蔵ヶ岳の頂に屹立する巨岩、オベリスク。
縄文時代から人々は、この山に神を見出してきた。
さらに、関東平野の北西、妙義山の幽玄なる岩峰。
山水の理想郷を題材にした江戸時代の文人画まで。
日本人が愛し、仰ぎ見てきた生命の源、山の魅力に迫る。
 
 
天高くそびえる山、威風堂々として、気高く美しく。
山は、古くから日本人の心のふるさとです。
その懐に宿された様々な命。
天に接する大絶景。
大自然のエネルギーが凝縮された山は、命の源です。
今回は、大きな山の世界へご案内します。
 

美の壺1.雲の上の楽園

 

燕岳(山小屋「燕山荘」主人 赤沼健至さん)

 
長野県の北西部にある、日本最大級の山々が連なる北アルプス。
まずは、3000m級の峰々に広がる天空の世界へ。
目指すのは、標高2763mの「燕岳」(つばくろだけ)です。
 
山の中腹で出会ったのは、
山頂の近くで山小屋「燕山荘」を営む、
赤沼健至(あかぬま けんじ)さんです。
 
「燕山荘」は
アルプスでも有数の歴史を誇る山小屋のひとつです。
大正10(1921)年創設で、
赤沼健至さんは、
千尋さん、淳夫さんに続く三代目のオーナーです。
  
  • 住所:〒390-0874
       長野県松本市大手2−3−10
 
 

北アルプスの山々とコマクサ

 
赤沼さんは、学生時代から50年近く燕岳に登ってきました。
赤沼健至さんに山を案内していただきました。
 
現れたのは 北アルプスを代表する岩峰「槍ヶ岳」。
樹林帯を抜けると、
高山植物が樹林帯を天空の世界へと誘います。
登山口からおよそ5時間で、燕岳の稜線に到着しました。
 

 
今回は全部見え、
慣れているはずの赤沼さんも思わず
「すごい世界ですよ」と興奮気味です。
稜線の奥にはアルプスの女王と称えられる「燕岳」、
そして谷の向こうには
「立山」「水晶岳」「鷲羽岳」「笠ヶ岳」「槍ヶ岳」など、
北アルプスの名峰が一望のもとに出来ます。
その絶景を見守るように建つのが、
赤沼健至さんの山小屋「燕山荘」です。
 
雲をも凌ぐ稜線で可憐な花を見つけました。
高山植物の女王と言われる「コマクサ」です。
他の植物を寄せつけない花崗岩の砂礫地に、
強風吹き荒ぶ冬を越え 花を咲かせるのです。
これを見つけると「夏が来た」と思うのだとか。
 
 

アルプスの天体ショー:天空の楽園

 
日没後、アルプスの天体ショーの幕開けです。
日が落ちると、
煌めく月、その光を浴びて神々しい輝きを見せる山々。
夜更け過ぎ、月は山の端に消えていきます。
夜空を埋める満天の星で溢れ、やがて朝を迎えます。
 
夜明け前に山の頂きにやって来た赤沼健至さん。
「朝は最高ですね。下の方に雲海が出来ている。
 上から下を見ると何とも言えない気持ちですね。
 この青空を持つ地球というのは本当に大切なんですね。
 こんな素晴らしい星はないと私は思います。
 ですから大切にしなきゃいけないですね。
 一つ一つ大切にする、自然と共存するってことでしょうかね。
 その中に私達の心が満たされていく。そんな思いが致します。」
 
天空の楽園・・・そこは人知を超えた自然の芸術です。
 
 

美の壺2.大いなる山と我が身を重ねる

 

文人画家たちの山水画

 
山はいつの時代も 芸術家を魅了してきました。
江戸時代中期、Chinaの影響を受けて生まれた「文人画」の多くは
山の風景を題材にしています。
東京国立博物館の学芸員、大橋美織さんにお話を伺いました。
 
「文人画家達は、隠者のように暮らすことに憧れ、
 山の中の理想の風景を山水画に表しました。」
 
文人画を代表する画家・浦上玉堂の「山雨染衣図」。
雨に煙る森と雨上がりの山里が
リズミカルな筆遣いと墨の濃淡を用いて表現されています。
この作品をよく見てみると、左下に小さな人物がいることが分かります。
この人物に自分を投影させ、
玉堂が描いた自然の中を遊び、楽しむことが出来るのです。
 
旅する画家・池 大雅の「浅間山真景図」は、
自ら浅間山に登った体験をもとに描いた作品です。
浅間山山頂から関東平野を望む景色を描いたこの作品は、
不思議なことに浅間山そのものも 描き込まれています。
文人画家達は、見たものを写実的に描くことよりも
自分の思いを込めて表現することを重視していました。
 
 

写真家・野川かさねさん

 
長野県と山梨県に跨る八ヶ岳をフィールドにしている
写真家・野川かさねさんは、
これまでに50回以上も八ヶ岳を訪れています。
 
野川さんは、
いわゆる山岳写真家とは違った視点で山を見詰めています。
野川さんは自らを山に委ね、その姿に迫ります。
野川さんの目には、山は一つの塊ではなく、
人間も含めた多くの生き物や光景を包み込んだ存在として
映っているのです。
野川さんは、自らが山と重なり合う瞬間があると言います。
 
 

美の壺3.神仏宿る生命の源

 

妙義山

 
古から人々は、その威容に慄き、山を神として崇めてきました。
関東平野の北西にある「妙義山」は、
「日本三大奇勝」(にほんさんだいきしょう)の一つに数えられています。
 
「日本三大奇勝」
(日本三大奇景・日本三大渓谷美)
 
妙義山 (群馬県下仁田町・富岡市・安中市)、
寒霞渓 (香川県小豆島町)、
耶馬渓 (大分県中津市)がとされています。
「奇景」とは、
非常に優れた風景、珍しい景色、絶景という意味です。
 
選者も不明ですし、
いつ頃から三大奇勝が選ばれたのも定かでありませんが、
他に自称「日本三大奇勝」の候補もないため、
この3ヶ所が通例となっています。
 
 
そこに広がるのは、奇岩や怪石が林立する風景です。
いくつもの岩が連なる荘厳な景観に人々は霊的な存在を感じ、
この山を祀ってきました。
その信仰の中心となるのは「妙義神社」。
その歴史は、1500年以上。
江戸を守護する神として繁栄を極めました。
 
「磐座信仰」は、
山や石・岩などを依り代として信仰することを言いますが、
更に大きな岩山そのものへの信仰を「岩社信仰」と言います。
妙義山全体が信仰の対象となっています。
 
妙義神社の裏手に「奥の院」と呼ばれる聖地があります。
いくつもの巨石が折り重なり生まれた岩窟には、
神や仏が祀られています。
人々はこの岩の中に籠り、神仏に祈りを捧げたのです。
 
 

地蔵ヶ岳オベリスク(比較宗教学者、僧侶・町田宗鳳さん)

 
南アルプス北東部にある
「鳳凰三山」(地蔵ヶ岳・観音ヶ岳・薬師ヶ岳)。
その一つ、「地蔵ヶ岳」の頂に尖った形をした巨岩が見えます。
「オベリスク」と呼ばれるこの巨岩を
豊穣の女神「地母神」(ちぼしん)として
人々は古くから信仰の対象としてきました。
 
その麓にある縄文時代の遺跡「女夫石遺跡(めおといしいせき)は、
古代の人々が大地の神に豊穣の祈りを捧げた「祭祀場」であったと
考えられています。
遺跡からは、巨石を中心に土偶が100 点以上出土していて、
その巨石からは、
春分・秋分の日に、オベリスクに日が沈むように見えます。
 

 
比較宗教学者で僧侶の町田宗鳳さんと、
オベリスクの造形に迫りました。
 
様々な命を育む山は、古代の人々にとって、
原初の生命体であったと、町田さんはおっしゃいます。
「山は本当に生き物なんですよ。
 日本は火山がたくさんある訳ですからね。
 轟音を立てて溶岩が噴き出る姿。
 これは、人間を超絶した
 凄まじい生命力を持った生き物であるという見方ですね。
 彼らにとっては、崇高なものだったと思いますよ。」
 
山の奥深く2000mの高みで、人知れず吹き乱れる命の飛沫を、
古代の人々は、
滝を崇高な獣から流れ出る体液と捉えていたのかもしれません。
 

 
 
険しい山道を進むこと 8時間。
地蔵ヶ岳のオベリスクが姿を現しました。
 
2764mの地蔵岳の頂に屹立する威容。
太古の人々は、天高くそびえるこの山を
豊穣の大地を司る女神「地母神」として崇めていたと
考えられています。
 
狩猟採集をしていた人達は、
山で獲物を獲り、木の実を集めていたのですから、
山は命の糧です。
その命の糧の一番神聖な崇高な場所として、
このオベリスク、地蔵ヶ岳に対する命の信仰が
現代の世へと受け継がれてきました。
そして仏教文化が入ってくると、
巨岩は地蔵仏に見立てられ、
子宝の恵みを与えてくれる命の象徴として祀られるようになりました。
 
日本人の暮らしを潤してきた、命の源泉である山。
神秘を宿すその姿に、人々は畏敬の念を感じてきたのです。
 
「山岳だと思ってるんですよ。
 やはり山のおかげで、日々の営みが成り立つ一つになってると、
 私は思ってます。」

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