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美の壺「己を表す はんこ」 <File 557>

<番組紹介>
誰もが必ず一つは持つ「はんこ」。
代々受け継がれてきた技が成す精巧な作りと、
究極の美を兼ね備えた実用品「はんこ」を堪能!
 
 ▽龍や虎、好きな言葉を刻んだ個性溢れる武将印に
  シシド・カフカさんもびっくり!
 ▽400年以上続く印判店が受け継ぐ
  道具と技の世界とは?
 ▽中国伝統の技「印鈕(いんちゅう)」のミクロ彫刻
 ▽文字や図柄に込められた人々の思いや祈り。
  紀元前のものや世界の貴重なはんこも続々登場!
初回放送日: 令和4(2022)年5月20日(金)
 
 
 

美の壺1.己を表し 人とのつながりを楽しむ

はんこから伝わる個性(はんこコレクター・真子茂さん)


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はんこは、誰もが必ず1つは持っている自分の証です。
石や銅、木、陶器などの様々な素材に文字や図柄が彫られたもので、
意思を伝えるツールとして使われています。
 
はんこコレクターの真子 茂(まなご しげる)さんは、
日本で唯一のはんこ専門誌『月刊 現代印章』の記者の経験を経て、
その後編集長になり、
現在は株式会社ゲンダイの代表取締役社長を務められている方です。
 

 
 

www.gendai-press.co.jp

 
 
400以上に及ぶはんこをコレクションし、
令和2(2020)年3月24日には
『マツコの知らない世界』にも出演されています。
 
 
 
 
真子さんが「はんこ」を集めるきっかけとなったのは亀のはんこ。
以来、印鑑に魅せられ、
真子さんの生活に「はんこ」は欠かせないものとなりました。
お礼や仕事のメモにもはんこを使います。
自分の名をあしらったもだけで200種類もあるそうです。
 

 
車や3Dのものや、顔入りのはんこに、
キャラクター「くまモン」をあしらった名入りハンコもあります。
はんこから話題が広がったり、
自分の人柄も相手に伝わるツールだとおっしゃっていました。
 

 
 
 

金印

 
「金印」について真子茂さんが解説して下さいました。

福岡市博物館に収蔵されている
漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)は、
最も有名な金印です。
江戸時代に、博多湾に浮かぶ志賀島(しかのしま)
農作業中に偶然発見された
一辺2.3㎝、重さ108g、含有率95.1%の金の純度の高い
国宝の「金印」です。
 

 
「鈕」(ちゅう)と呼ばれるつまみの部分は、蛇の形をしています。
『後漢書』には、建武中元二(57)年に、
漢の皇帝・光武帝が倭奴国王に「印綬」を与えたことが書かれており、
この「印」が志賀島で見つかった金印と考えられています。
 
 
「御璽」(ぎょじ)とは天皇印章です。


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9㎝四方で重さ3.5kgの角印で「天皇御璽」の4文字が刻まれています。
詔書、法律、政令・条約の公布文、条約の批准書、
大使・公使の信任状・同解任状、全権委任状、領事委任状、外国領事認可状、
認証官の官記・同免官の辞令、四位以上の位記等に押印されます。
 
奈良時代から始まり、「おおみしるし」とも呼ばれました。
材質は幾度も改鋳され、明治7(1874)年に金印、曲尺方3寸と定めたものが、
今日用いられています。
 
 

 
戦国武将の印は、所有者によって個性的です。
武田信玄は「龍」、北条氏は「虎」といったように
強さを表す象徴として使われていました。
また、織田信長は「天下布武」といった文字を印としていました。
 

 
 

美の壺2.技を伝え 未来へつなぐ

名を受け継ぐ(「細字印判店」印判師・細字 佐平さん)

 
石川県金沢市尾張町にある「細字印判店」は
天正16(1588)年創業の日本最古の印判店です。
 
 
 
尾張町は、加賀藩祖・前田利家公の金沢入城の際に、
尾張荒子(前田利家生誕の地・現在の名古屋市中川区)より呼び寄せた
御用商人の居住地だったところです。
近江町市場と主計茶屋町・ひがし茶屋町の中間に位置するので、
伝統的な造りの建物のお店が並ぶため、
観光スポットとしても人気の場所です。
 

www.owaricho.or.jp

 
その尾張町に、初代・佐平が
加賀藩祖・前田利家公の「御用印判師」として店を構え、
帯刀も許されてから、400有余年。
代々「左平」を襲名し、現当主の細字佐平さんは12代目です。
 
店内には、加賀藩の御用商人の証である
「御用」と書かれた看板があります。
これは5代細字左平が戴いたもので、
縦2尺横1尺2寸のケヤキの板で2字とも漆書きになっています。
その他にも歴史を感じさせる品々が飾られていて、
先祖代々からの伝統が息づいています。
 

細字家が印判店を営むきっかけとなったのは、
豊臣秀吉より命を受けたことから始まります。
京都に全国各地から約100人もの印判師が集められて修業が行われた後、
特に優秀な3人に「細字」(当時は「ささじ」と読んだ)という
姓が与えられました。
 
別説では、秀吉ではなく織田信長が、
「細字」の姓を与えたと言われています。
信長が全国各地から100人の印判師を京都に集め
ポルトガル人の講師の下に1年間の講習の結果、
特別優秀者3人を選び、
これに「細字」の姓を与えたのだと言います。
その3名のうち、
現在も印判師としての生業を続けているのは、
この尾張町の細字家だけだそうです。
 
その内の一人が初代「細字左平」で、
加賀百万石の前田家にお抱えとして招かれて以降400年に渡り、
加賀藩、石川県の重要なはんこ作りに携わってきました。
 
資料や道具も代々引き継いだものです。
字体の見本帳やはんこを彫る印刀、
小さい印章を彫る時に、
印材を挟み込んで彫りやすくするために用いる「ハサミ木」、
大きい印章を彫る時に、印材を巻き竹の上部に印材を挟み込み、
巻き皮を上からぐるぐる巻いて印材を固定するために用いる
「巻き竹・巻き皮」は、先々代のお手製です。
 
細字さんは、歳を重ねれば重ねるほど
難しさ、凄さが分かってきたとおっしゃいます。
身体や手足の動く限り続けたいと抱負を語って下さいました。
 
 
細字印判店
  • 住所:〒920-0902
       石川県金沢市尾張町2丁目9-22
  • 電話:076-263-3428
 
 

技術を受け継ぐ(書家・篆刻家・印鈕作家・田中愛己さん)

 
印章のつまみ部分に施された極小の彫刻を
「印鈕」(いんちゅう)と言います。
 
 
田中愛己(たなか ちかき)さんは、書家、篆刻家、そして印鈕作家として、
日中両国を拠点に活躍されています。
 
田中さんは、高校時代に部活動で書道を始め、県展や市展で入選を重ね、
大東文化大でも書道を学びました。
卒業後は、更に書と篆刻(てんこく)の道を極めようと
China杭州市にある「中国美術学院」に留学しました。
 
その留学先である時、店で目にした印材の石の美しさに魅せられます。
数カ月間、店に通って石を眺めていたら、
店の紹介で印鈕職人・柯正法(かせいほう)さんに出会うことが出来、
一から教えを請いました。
師匠の柯さんからは、「360度、上下から見たイメージを彫りなさい」と
言われたそうです。
 
弟子入りから20年。
田中さんはChinaで賞を取るなど、評価の高い印鈕作家に成長しました。
上海や杭州の美術館には収蔵作品があり、作品集も製作されています。
日本国内でも、平成27(2015)年に
東京・銀座の「鳩居堂画廊」で初の個展を開催されて以降、
美術館での展覧会も開催されています。
 
 
田中さんの作品は、愛嬌があります。
石の中にいる動物を彫っているイメージで制作をしているそうです。
そして、人の手に渡ってからも触ってもらうことで作品が育つと考えています。
自分ならではの世界を追求しています。
 
モチーフは「古獣」と呼ばれる獅子や龍に加え、虎、亀、蛙と幅広く、
方形のボリュームに収まる抑制された造形ゆえに、
内に秘めたエネルギーが滲み出ています。
 

chikakitanaka.com

 
 

美の壺3.印に込められた祈り

 

世界のはんこを巡る(書家・篆刻家・小田玉瑛さん)

 
書家で篆刻家の小田玉瑛(おだ ぎょくえい)さんは、
昭和47(1952)年頃より造形芸術研究のため、
インドをはじめシルク ロード諸国を調査したのを皮切りに、
それ以降毎年、
世界の遺跡や美術館、博物館を訪ねて印章調査をしたり、
世界各国のはんこを収集しています。
半世紀以上をかけて訪れた国は40ヵ国、
集めたはんこの数は何と1000個にもなるそうです。
 
小田さんは「はんこは歴史の語り部」とおっしゃいます。
そして、いろんな民族の文字の美しさに惹かれ、
当時の暮らしに思いを馳せてきました。
そんな小田さんに、
世界各国のはんこを幾つか紹介していただきました。
 
古代バビロニア(B.C.1380~B.C.1530)の「ローラー印章」には、
上下に金がついています。
紀元前1900年頃にメソポタミアで使われていたはんこには、
神に生贄を捧げている様子が描かれています。
 
神聖な力を宿す“護符”(お守り)—
それが「印(しるし)」の発想になって、
古代メソポタミアで原初の印が誕生しました。
今から約七千年前のこと。
その後、紀元前四千〜三千年頃に
シュメール人によって「円筒印章」が発明され、
本格的な押捺用の印章が始まったとされます。
円筒の表面に楔(くさび)形文字・図案が彫られ、
粘土の上を転がして封印などに使われたようです。
やがて印章はエジプトやインダスへ伝わり、
さらに東方へと伝播。中国において「漢字」と融合し、
「紙」の発明や「官印制」と結びつき、
世界で最も発達した“印章文化”を開花させることに
なりました。
 
 
 
はんこは紙のない時代からあります。
やわらかい粘土板に図柄を押し当てて、
文様を浮かび上がらせて使いました。
はんこは時代と共に線や
円から絵の文様、そして文字へと発展していきました。
また、魔除けの意味もありました。
そして、民族の思いや祈りを感じることも出来るのです。
 
 
 

祈りを彫る

篆刻家の小田さんの作品は、一風変わっています。
ご自身のことを「異端者」とおっしゃいます。
世界にいろんな文字があるように、それを彫りたいと考えたそうです。
 
作品には、ラテン語やペルシア語などの文字のものもあります。
ビルマ語の「おかげさま」や
ラテン語の「来たる者には安らぎを 去りゆく者には幸せを」
という言葉を刻み込んでいます。
はんこに刻む言葉にこだわりを持ち続けています。
小田さんの祈りが刻まれているのですね。
 
 
 
東京・豊島区の「金剛院
東京・豊島区の「金剛院」は、大永2(1522)年に開創されたお寺です。
ここに、小田さんが彫った開基寺500年を記念して制作したはんこが
奉納されています。
印面には、「弥勒菩薩」を意味する「梵字」が彫られています。
金剛院」には「弥勒菩薩」が祀られています。
江戸中期に「観音菩薩」として造立されたものですが、
人々に厚い弥勒信仰によって、宝冠が装飾され手に宝塔を持たせて
「弥勒菩薩」へと昇華して信仰されてきた仏様だそうです。
 

 
「弥勒菩薩」とは、
釈迦が入滅してから56億7000万年後に当たる未来に仏になり、
兜率天からこの世へ下ってきて、人々を救済するという菩薩です。
 
戦争や病に見舞われる現在、
明るい未来が訪れることをはんこに込めています。
 

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