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美の壺「レトロを楽しむ路面電車」<File 497>

<番組紹介>
ノスタルジックな姿が、大人気の「路面電車」
 ▽北海道「函館市電」と、名建築のベストショット!
 ▽京都「嵐電」からの車窓風景!
 ▽大阪「阪堺電車」には、
  90年以上走り続ける日本最古の現役車両が!
 ▽長崎では、水戸岡鋭治さんによる最新デザイン!
 ▽地震4日後に運行再開した「熊本市電」の音
 ▽漫画やドラマになった、広島の路面電車。
  漫画のモデルとなった元運転手の女性が、
  路面電車の思いを語る!
 
<初回放送日:令和2(2020)年2月21日(金)>
 
 
 


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街をゆったり走る「路面電車」。
路面電車が運行開始したのは、明治28(1895)年のこと。
大正から昭和初期にかけて
大都市圏を中心に数多くの軌道が整備され、
全盛期の昭和7(1932)年)には、
全国67都市、83事業者、路線延長1,479kmとなり、
都市の重要な交通手段として親しまれました。
 
昭和30年代以降、
急速なモータリゼーション(自動車の大衆化)や
バス、地下鉄への転換により衰退し、次々と廃止されましたが、
環境負荷の軽減、高齢社会の対応、都市活力の再生などの観点から
世界各地で路線の復活・導入に合わせて、
日本でも「路面電車」が再評価されるようになっています。
現在、全国17都市19事業者、路線延長約238km、
全国で路面電車が活躍しています。
 
事業者名
(旅客案内上の名称)
所在地 開業年
札幌市交通事業振興公社
(札幌市電)
北海道 1918年
函館市企業局交通部
函館市電
北海道 1913年
東京都交通局
都電
東京都 1903年
東急電鉄
世田谷線
東京都 1925年
富山地方鉄道
富山軌道線
富山県 1913年
富山地方鉄道
(富山港線)
富山県 1913年
万葉線
(高岡軌道線)
富山県 1948年
豊橋鉄道
豊鉄市内線
愛知県 1925年
福井鉄道
福武線
福井県 1933年
京阪電気鉄道
大津線
滋賀県、
京都府
1912年
京福電気鉄道
嵐電
京都府 1910年
阪堺電気軌道
(阪堺電車)
大阪府 1911年
岡山電気軌道
(岡電)
岡山県 1912年
広島電鉄
(市内線)
広島県 1912年
とさでん交通 高知県 1904年
伊予鉄道
(松山市内線)
愛媛県 1911年
長崎電気軌道 長崎県 1915年
熊本市交通局
熊本市電
熊本県 1924年
鹿児島市交通局
(鹿児島市電)
鹿児島県 1912年
 
移動手段としては勿論、
レトロな装いが安らぎをもたらしてくれると人気です。
大阪には、90年以上前に造られた車両が走り続けています。
長崎には、あの鉄道デザイナーが手掛けた路面電車も。
個性溢れる全国の路面電車。一緒に旅してみませんか?
 
 

美の壺1.街に寄り添う

 

北海道「函館市電」(鉄道写真家・諸河 久さん)


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大正2(1913)年に開業した
函館市の中心部を走る「函館市電」(はこだてしでん)
地元民の生活の足としてだけでなく、
北海道の三大温泉郷に数えられる「湯の川温泉」と
主要なスポットを結ぶことから、
観光客の移動手段として親しまれています。
 


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明治43(1910)年に製造された「箱館ハイカラ號」や
昭和26(1951)から運行されているレトロ「530号」など、
歴史ある街並みに合うレトロな車両もとても人気で、
映画やドラマなどにも度々登場しています。
 
 

 
その様子に魅了された人がいます。
「ここから見える函館港と路面電車がとてもいいんですよ」
そう話すのは、子供の頃からその魅力に引かれ、
プロとなった今も路面電車を愛し続ける
鉄道写真家の諸河 久(もろかわ ひさし)さんです。
 
 
お気に入りの場所に路面電車がやって来ました。
撮影したのがこちら。
電車の後ろには、明治時代の建物。
奥には函館港が広がっています。
手前には街の人も。
路面電車のある風景から街の息遣いが見える1枚です。
 
次にやって来たのは、
函館山を背景に坂を登ってくる市電の姿が
どことなくドラマチックな市電「青柳町電停」です。
「ちょうど手前、左にカーブ切ってますから、
 あたかも自分が線路の真ん中で撮ったような絵が撮れるんです。」
青空に浮かび上がった路面電車を正面から捉えました。
 
 
昭和61(1986)年公開の大森一樹監督作品
「テイク・イット・イージー」、
森田芳光監督の「キッチン」に登場しています。
平成29(2017)年公開の函館ロケ映画「PとJK」では、
冒頭に主人公の歌子が出掛ける際に
市電に飛び乗るシーンで登場しました。
 
 


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最後に訪れたのは、歴史ある建物が残る「十字街」です。
「十字街」は、かつて東京以北最大の人口を誇った
函館随一の繁華街です。
この町の繁栄の中心的存在であった、
大正12(1923)年築「旧丸井今井百貨店函館支店」の
建物の真ん前で車体全体が見える角度でパチリ。
こちらは大正12年に百貨店として建てられた建物です。
 
 
「旧丸井今井百貨店函館支店」は、
平成19(2007)年に大改修されて、
現在は「函館市地域交流まちづくりセンター」として
市民活動などに活用されています。
 
 

京都「嵐電」(中村彩実さん)


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京福電気鉄道(けいふくでんきてつどう)
四条大宮~嵐山間7.2kmの「嵐山本線」と、
帷子ノ辻(かたびらのつじ)~北野白梅町間3.8kmの「北野線」という
2つの路線があり、多くの観光客はもちろんのこと、
京都市民の大切な移動手段となっています。
 

 
「嵐山電鉄」は明治43(1910)年に
嵐山電気軌道が「京都(現・四条大宮)」〜「嵐山」間を
開業しました。
大正7(1918)年に京都電燈が嵐山電気軌道を合併、
昭和17(1942)年、京福電気鉄道に譲渡されて
現在に至っています。
平成22(2010)年には100周年を記念して、
車体の塗色を「京紫」に変更、
新しいイメージカラーとしています。
 
 


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太秦(うずまさ)にある東映京都撮影所のそばに住む
東映京都撮影所 東映剣会 所属の
女優・中村彩実(なかむらあやみ)さんにとって、
「嵐電」は出掛ける時には欠かせません。
 
中村さんにとって路面電車の一番の楽しみは、
車窓からの風景です。
「ここに広隆寺があるんですよ、山門が すごい大きいのが。」
こうした風景を間近で楽しめるのも、路面電車ならではです。
「何か、ゆっくり時間を感じますよね。」
 
広隆寺を過ぎると一転、どんどん住宅街に入ります。
中村さんが車窓から発見した一番のお気に入りは、
有栖川駅近くにある神社
「神ノ木弁財天」(かみのき べんざいてん)です。
その鳥居のすぐ前を路面電車が走ります。
路面電車には、お気に入りの風景を見つける楽しみが
ありました。
 
 
 

美の壺2.小さな別世界

 

大阪「阪堺電車」


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市民からは「ちん電」の愛称で親しまれる、
地域に根付いた路線です。
因みに「ちん電」の由来は、まだ車掌が乗務していた時代の
車内で使われていたベルの音が由来とされています。
 

 
通天閣そばの恵美須町(大阪市浪速区)から
浜寺駅前(堺市西区)までを結ぶ「阪堺線」と
天王寺駅前(大阪市阿倍野区)から
住吉(同住吉区)までを結ぶ「上町線」の2線があります。
「上町線」と「阪堺線」と合わせた総営業距離は18.5㎞。
料金はどこまで乗っても210円。
更にお得な1日乗車券が600円で販売されています。
 

 
「阪堺線」は、明治44(1911)年の開業以来約110年、
ほぼ旧紀州街道に沿って堺のまちを走り抜けます。
路面電車はスピードが遅く、走行距離も短いため、
車両が半世紀以上 使われることも珍しくありません。
昭和初期の車両から最新の低床式車両まで
色々な形式の車両があります。
 
中でも、昭和3(1928)年製の「モ161形」は
通常営業電車であれば日本最古で、
世界を見渡してもニューオリンズやミラノを除き
ほとんど見当たらないという希有な存在です。
主に貸切電車として運行しています。
 

 
「モ161形」は、車体が頑丈であり、
制御器の構造がシンプルで保守が容易であることから
活躍を続けましたが、
平成13(2001)年から順次廃車となり、現在は4両です。
 
時代毎に少しずつ形を変えながらも、
製造当時の面影を残しながら車両整備がなされています。
 


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車内には、時代を思わせる雰囲気が
そこかしこに漂っています。
例えば、運転席の後ろの「コーナー金具」。
今はこうした金具は取り付けられないため、
貴重なデザインとして注目を集めています。
 
扉の横にある「真鍮製の手すり」。
その輝きは、90年以上、無数の人に使われてきたことを物語ります。
 
あと5年で百寿。
少しでも長く使い続けられるよう、
廃車になった車両から使える部品を残すなど
今も、工夫を重ねています。
 

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長崎「長崎電気軌道」(工業デザイナー・水戸岡鋭治さん)


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長崎県長崎市の中心部およそ12㎞を路面電車が走っています。
大正4(1915)年11月16日に開業した
「長崎電気軌道」(ながさきでんききどう)です。
 
 
昭和20(1945)年8月9日の原爆投下により、
従業員110余名が亡くなり、全線不通となり、
使用可能な車両のほぼ全て失いました。
しかし、市民のためにも1日も早く復旧させなければならないと、
わずか3ヶ月半で中央部の運行を再開、
長崎市全体の復興にも大きく貢献したのでした。
 
 


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そして今もなお、元気に長崎の街を走っています。
新しい車両から昔ながらの車両まで、色々な車両が走っています。
その中で一際目立つ、真っ青な車両があります。
車両の名は「みなと」。
昭和29(1954)年製の車両をリニューアルしたもので、
平成29(2017)年4月10日より運行しています。
 
 
港町をイメージした色鮮やかなブルーの車体には、
長崎で多く見かけられる「尾曲がり猫」がデザインされています。
 
長崎と「尾曲がり猫」
 
「尾曲がり猫」とは、いわゆる「鍵しっぽを持つ猫」のことで
鍵しっぽが幸せを引き寄せると言われています。
長崎にはこの「尾曲がり猫」が多く、何と8割近くにも上るのだとか。
「尾曲がり猫」の原産地は東南アジアで、特にインドネシア近辺に多いことが京都大学の野澤名誉教授の調査により
確認されています。
江戸時代のオランダ貿易の拠点であった長崎には、
オランダ船は船内のネズミを駆除するために、猫も一緒に乗せていました。おそらくこの猫が長崎で船を降り、
そのまま繁殖したのではないかと言われています。
 
 
 
内装には、床やつり革の輪、すだれや組子細工などに
無垢の木がふんだんに使われ、
レトロ感溢れる豪華なデザインになっています。
 
天井には港町らしく本物の船舶用の照明が採用されていて、
優しく照らす車内は温もりのある雰囲気になっています。
全ての窓枠には額縁が施されていて、
車窓を鑑賞するかのような時間を過ごすことが出来ます。
 
降車ボタンには長崎の工芸品「べっ甲」が使われています。
 
また、長崎の教会に因んだ「ステンドグラス」の窓や、
長崎市最大の祭り「長崎くんち」などで披露される
「龍踊り」のイラストなど、
長崎らしさを感じられるデザインが随所に散りばめられています。
 
「みなと」をデザインを担当したのは、
鉄道車両デザインの第一人者、水戸岡鋭治(みとおかえいじ)さんです。
水戸岡さんは、JR九州の「ななつ星in九州」や「或る列車」など、
数多くのD&S(デザイン&ストーリー)列車を手掛けてきました。
JR九州の豪華列車「ななつ星」車両デザインを手がけてきました。
運賃は、ほかの通常車両と同じ大人120円、子供60円です。
 

www.naga-den.com

 
 

美の壺3.希望を乗せて走る

 

熊本「熊本市電」(熊本市交通局の島田裕士さん)


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熊本県熊本市の中心部を走る「熊本市電」。
「熊本市電」は大正13(1924)年8月1日に運行を開始し、
令和6(2024)年に開業100周年を迎えます。
1日の乗降客数約3万人、年間約1100 万人が利用し、
生活に欠かせない基幹公共交通として
重要な役割を担っています。
 

 
ところが、この音が街から消えてしまう出来事がありました。
平成28(2016)年4月の最大震度7の「熊本地震」です。
14日の熊本地震発生後、
15日は概ね平常通り運行されたのですが、
16日未明の地震により多数の施設が被害を受け、
路面電車も運休を余儀なくされました。
 
復旧の指揮をとった、
熊本市交通局の島田裕士(しまだ ひろし)さんは、
地震発生から4時間後、まず被害状況を確認していきました。
レールの破断の他、舗装の剥がれなど、
多くの被害が見つかりました。
 
明け方からは社員総出で復旧作業に当たりました。
「早くやってしまうということは簡単でしょうけども、
 安全に運行出来るような形にするためには
 丁寧にしてもらわなきゃならないんで、
 「慌てなくていいよ。ただし しっかりやってくれ」と
 やってまいりました。」
3回の試運転を重ね、安全を確認。
そして地震発生から4日後には普及作業を終え、
全線運行を再開しました。
 
路面電車の復旧を心待ちにしていた人がいます。
熊本市電上熊本線「新町駅」から徒歩1分にある
「長崎次郎喫茶室」の店長の長﨑圭作さんです。
明治7(1874)年創業の老舗書店「長崎次郎書店」の2階にある
「長崎次郎喫茶室」では、
本格的なコーヒーを味わいながら、
目の前を走る路面電車を眺めることが出来ます。
 
「ここから見える風景が特に好きですね」
「熊本市電」の復旧に気付いたのは、走る音を聞いた時でした。
 
  • 住所:〒860-0004
       熊本県熊本市中央区新町4丁目1-19
  • 電話:096-326-4410
 
 
 

広島の路面電車「広電」


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今から8年前 ネットで公開された漫画が話題となりました。
さすらいのカナブン作『ヒロシマを生きた少女の話』です。
『ヒロシマを生きた少女の話』は
さすらいのカナブンさんのお祖母様の従姉妹で、
広島市街を走る広島の路面電車の女性車掌(後に運転手)をしていた
増野幸子さんの被爆実体験を漫画にしたものです。
 

 
主人公は女学校の生徒。
当時、出征で不足する男性の代わりに
女学生が運転士を務めていました。
昭和20(1945)年8月6日、原爆が街を一変させます。
広島の街は焼け野原となり、当日だけでも約5万3000人以上、
年末までに約14万人ともいわれる多くの無辜の市民が
犠牲となりました。
 
路面電車も壊滅的な被害を受け、全線不通となりました。
しかしながら、原爆投下からわずか3日後、
関係者達の不撓不屈の努力によって一部区間が復旧し、
路面電車は運転を再開、市民の足として復帰を果たしました。
瓦礫の山となった街を力強く走るその姿に、
多くの市民が励まされ、勇気づけられたと言います。
そして、復興へと歩み出した広島市民を支えてきた
「被爆電車」は、
75年たった今も広島の街を走り続けています。
 

 
漫画の登場人物・増野幸子さんは、
原爆投下の直前まで路面電車の運転をしていました。
「やあ~懐かしい。
 レバー押して、ノッチを入れて。
 14~15歳だからね。」
 
8月6日当日、増野さんは体調を崩し、
寮で寝ているところを原爆に襲われました。
治療を受けていた増野さんは、
路面電車の再開を知らされました。
「ちょっと信じられなかったですよね。
 あんなに焼け野原になっとって。
 寝てても「運転したい、運転したい」いう気持ちがあってですね。」
 
人々の記憶に刻まれてきた路面電車は、
歴史を背負い、今日も街を走り続けます。
 

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