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美の壺「黒の風格 羊羹」 <File 566>

<番組紹介>
甘い羊羹(ようかん)のルーツは中国の羊のスープ!
 
 ▽まるで万物を吸い込む宇宙!?漆黒の肌に映る金蒔絵
 ▽福島県の江戸時代から変わらぬ製法を守り、
  薪(まき)で練り上げられた名品
 ▽薄氷のような砂糖の衣を纏う佐賀県の小城ようかん 
 ▽“シャリ”が生む砂糖の神秘的な世界
 ▽海外でも絶賛!
  ラム酒が香る、ワインとマリアージュするようかん
 ▽まるで絵画!切り分けると月が満ち青い鳥が羽ばたく
  メルヘンの世界が広がる!
 
初回放送日: 令和4(2022)年9月16日(金)
 

 
 

美の壺1.「ひときれに宿る光」

 

老舗和菓子店「有職菓子御調進所老松」(店主・太田達さん)


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京都・上京に残る江戸時代の学問所
有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)は、
江戸中期の京都を代表する儒者で、
円山応挙など多くの文化人とも親交を結んでいた
皆川淇園(みながわきえん)が文化3(1806)年に創立した学問所です。
施設名の「有斐斎(ゆうひさい)は淇園(きえん)の号の一つです。
 
平成21(2009)年、この学問所址に残っていた数寄屋建築と庭園が
マンション建設のために取り壊されそうになりましたが、
研究者や企業人らの有志による保存運動により、
荒れ果てていた屋敷や庭の整備が行われ、
以来、大広間、茶室、茶庭など情緒ある空間では
茶事を始め、江戸時代の教養、能、花街文化などに関するユニークな講座や
京菓子をテーマとした催しなどが開かれ、
現代版「学問所(=弘道館)」の名を馳せています。
 

kodo-kan.com

 
有職菓子御調進所 老松」の太田達おおたとおる(茶名:太田宗達)さんも
有斐斎弘道館」の保存運動に参加した一人です。
 
京都最古の花街、上七軒にある「有職菓子御調進所 老松」は
明治41(1908)年に創業した和菓子屋です。
太田さんの家系が平安時代の宮廷祭祀官の流れを汲むことから、
屋号を「有職菓子御調進所」とし、
古来より朝廷に伝わる「有職故実」に基づく
儀式・典礼に用いる菓子、茶道に用いる菓子を手掛けています。
 
太田さんは有斐斎弘道館の代表理事として、
茶道を中心に和歌や能に関する講座「ちゃかぽん」を開催しています。
 

 
「ちゃかぽん」
幕末の大老・井伊直弼(いいなおすけ)のニックネーム。
彦根藩主の十四男として生まれた直弼は、
32歳になるまで独立した一家を構えることなく
「部屋住み」という身分で過ごしましたが、
風流に親しみ、茶道や和歌、音楽(鼓)に夢中になりました。
そのため当時の人から
「ちゃかぽん」というあだ名をもらったそうです。
(「茶(ちゃ)」・「和歌(か)」・「能(ぽん=鼓の音色)」)。
 
太田さんは一切れの羊羹に特別の美が宿っていると言います。
他の菓子のように手を加えていない造形の中に
光と影があるそうです。
金蒔絵の器に盛られた漆黒の黒い羊羹が
光に照らされると星空が浮かび上がったようです。
 
  • 住所:〒602-8395
       京都市上京区今出川通
       御前通東入社家長屋町675-2
  • 電話:075-463-3050
  • オンラインストア
 
 

東京・赤坂「虎屋文庫」(研究員・森田環さん)

室町後期に創業し、長年に渡り宮中の御用を勤めてきた
老舗和菓子店「虎屋」では、
和菓子文化の伝承と創造の一翼を担うことを目的として
は昭和48(1973)年に創設された和菓子の資料室
虎屋文庫」があります。
 

 
虎屋文庫の上席研究員の森田環さんに羊羹の名の由来について伺いました。
羊羹は、元々、Chinaの料理で羊の肉が入ったスープでした。
鎌倉から室町時代に宋に留学した禅僧によってもたらされました。
禅宗では肉食が禁じられたため、
羊肉に代わり、小豆や葛粉で作られたものに変化していきます。
そして室町後期には、公家や武家の間で茶の湯が盛んになると、
茶会に供される「菓子」として「羊羹」が広がりました。
 
虎屋には、菓子の見本帳や古文書、古器物などが多数伝えられています。
元禄8年(1695)に作成された菓子見本帳には、
羊羹の古いかたちともいうべき洲浜形(すはまかた)の羊羹が載っています。
この羊羹は蒸した寒天羊羹で、羊羹を画期的に変えました。
保水性・凝固力に優れた「寒天」を使うことで、
黒く艶やかな煉り羊羹になったのです。
 
虎屋の菓子職人の青木雄二さんに、
蒸羊羹や煉羊羹を製造過程を見せていただきました。
青木さんによると、
羊羹の煉り上げには、ここだというタイミングがあるそうです。
煉り上げていくと、羊羹に寒天独持のツヤや粘りが出てきました。
400年以上かけて技が磨かれ、今日に至ります。
 
 
 
 

美の壺2.「歴史が味を深くする」

 

福島県二本松市「玉嶋屋」の「本煉羊羹」
(店主 和田雅孝さん)


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江戸時代から続く二本松藩御用達の羊羹があります。
8代続く老舗和菓子店「玉嶋屋」の「本煉羊羹」です。
 

 
二本松の藩主・丹羽公は徳川将軍家に献上していました。
作ってから献上される頃には、表面が砂糖で覆われて、
表面のサクサクとした食感の心地良さと、
あっさりと上品な小豆の風味が将軍を満足させたのではないでしょうか。
玉嶋屋」では代々、江戸時代からの製法を残し、
配合もそのままに、味を変えないようにしてきました。
ガスや電気が一般化した今でも、楢の木を燃料にし、
「エンマ」と呼ばれる竹べらで餡を煉り上げます。
包装も昔ながらの竹の皮で、この竹の皮に直に包んで仕上げます。
この一連の手作業の中に、
次の世代に残すべき大切なものがあるという思いがあるからです。
 

 
 
8代目の主人・和田雅孝さんに、
もう一つの商品を紹介していただきました。
雅孝さんの祖父に当たる6代目又吉さんが考案した「玉羊羹」です。
 

 
昭和12(1937)年に、戦地でも甘い羊羹を食べられるようにと
県知事と軍の依頼により作られた羊羹で、
「日の丸羊羹」という名で販売されました。
6代目又吉さんは、いつまでも軟らかい羊羹が食べてもらえるようにと
ゴムに入れる方法を考案しました。
食べる時は、楊枝を刺してゴムを破ります。
 
戦後は、店の名より「玉羊羹」と商品名を変えて、
80年の時を超えて今なお作り続けています。
江戸時代のお殿様が食べた味を
令和の時代にも気軽に楽しめるものとなりました。
たらいに水を張ってヨーヨーすくいのように遊んでも楽しいです。
 

 
二本松藩御用達玉嶋屋
 
 

佐賀県小城市「村岡総本舗」の「小城羊羹」
(店主 村岡安廣さん)


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鎖国時代、西洋との唯一の窓口であった長崎・出島に陸揚げされた砂糖は、
小倉へと続く長崎街道により運ばれました。
このことから長崎街道は「シュガーロード」とも呼ばれ、
沿線のあちらこちらには、砂糖文化が今も残っています。
 
佐賀県の小城駅周辺には、
「小城羊羹」(おぎようかん)のお店が立ち並んでいます。
 
小城市(おぎし)は小京都とも言われ、禅や茶道の文化が発達し、
名水百選にも選ばれている清水川の本流の
祇園川(ぎおんがわ)が流れキレイな水が豊富で、
周辺には原料である小豆隠元豆が大量に作られるなど、
羊羹作りに適していたところでした。
 
 
「小城羊羹」の元祖は森永惣吉氏です。
森永家は代々小城鍋島家の御用肴屋を勤めた家柄で、
江戸末期か明治の初期に、
大阪市虎屋の手代より羊羹つくりの秘伝を学び、
本業の傍ら羊羹作りを始めていました。
これが意外に好評を博したので、
明治8(1875)年に本格的に羊羹作りに進出、羊羹屋を創業したと考えられます。
 
中興の祖と呼ばれるの村岡安吉氏が
村岡総本舗」を創業したのが、明治32(1899)です。
安吉は機械化を一早く行い生産力の増大を果たすと共に、
その頃整備され始めた鉄道に着目して、
駅売りの権利を得て売り上げを大いに伸ばしました。
そして明治、大正、昭和にかけて、
「小城羊羹」は小城町の特産品として日本国内だけでなく、
日持ちがする、劣化しにくい等の品質の良さから、
広く海外にまで出荷されるようになりました。
 
 
戦後、昭和26(1951)年に砂糖が統制品から外され、
各店で羊羹作りが本格的に再開されるようになると、
昭和30年から昭和40年代にかけて、
「小城羊羹」は「かつぎ屋さん」により発展しました。
 
「かつぎ屋さん」は大きな風呂敷包みに羊羹を背負い、
小城駅から列車に乗って、
西は長崎・佐世保、南は熊本、東は博多・筑豊・小倉辺りまで
売ってまわりました。
「かつぎ屋さん」の大半は海外引き揚げのご婦人達でした。
日帰りの重労働でしたが、手軽に現金収入が得られるため、
「かつぎ屋さん」は最盛期には100人を超えていたようです。
 
 
村岡総本舗」のご主人・村岡安廣さんが、
JR小城駅のホームで販売した箱を紹介して下さいました。
戦後から昭和30年頃に使われていたものです。
 

村岡総本舗」の店舗に隣接する
羊羹資料館」(国の登録有形文化財)は、
原料の砂糖を貯蔵していた蔵だったもので、
小城羊羹の歴史・資料を展示しています。
 

 
菓子職人の萩原隆文さんに
「小城羊羹」の製造過程を見せていただきました。
全国的には、銀色のラミネート紙に羊羹を流し込むものが
賞味期限が長く確保出来、かつ手間も掛からないため主流ですが、
小城ではほとんどの店が、煉り上げた生地を木箱に移して固め、
一本ずつ寸法に合わせて包丁で切り分ける
「切り羊羹」という伝統製法で羊羹を作っています。
 

 
この製法で作った「小城羊羹」は表面を砂糖の結晶が覆って、
薄氷が張ったような見た目をしています。
外側はシャリシャリとした歯応えが在りながら、
内部はしっとりとした口当たりが楽しめるのです。
 
萩原さんは、漆塗りの型の「羊羹船」に流し込み、
表面がうっすら固まったら手ほうきでキズをつけます。
キレイなシャリ感を出すための大切な工程だと言います。
 


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シュガーロード」(長崎街道)は、
「日本遺産」に認定されています。
  • 全 域:長崎街道
  • 長崎市:出島和蘭商館跡、長崎くんちの奉納踊、
        カステラ、有平糖など
  • 諫早市:諫早おこし、諫早おこし道具
  • 大村市:へこはずしおこし、おこし製造道具、大村寿司
  • 嬉野市:嬉野市塩田津、逸口香、金華糖など
  • 小城市:村岡総本舗羊羹資料館、普茶料理、小城羊羹など
  • 佐賀市:丸ぼうろ、寿賀台、菓子仕方控覚(鶴屋文書)など
  • 飯塚市:名菓ひよ子、千鳥饅頭、なんばん往来など
  • 北九州市:福聚寺、常盤橋、小菊饅頭、金平糖、
         くろがね羊羹など
 
 
 
 

美の壺3.「楽しい時間を切り分ける」

 

東京都大田区「wagashi asobi」の「ドライフルーツの羊羹」
(和菓子職人 稲葉基大さん、浅野理生さん)


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東京都大田区上池台の長原商店街にある小さな店
稲葉基大さんと浅野理生さんの2人の和菓子職人によるお店です。
 
お二人が作った羊羹「ドライフルーツの羊羹」は、
世界中の一流パティシエがレシピを提供するスペインの専門製菓雑誌
『so good..』にも紹介されるなど、その斬新さが評価されています。
北海道産小豆の上質な餡と
沖縄県西表産の黒糖とラム酒で炊き上げた、
香り高くあっさりした甘さの羊羹の中には、
苺や無花果、胡桃のドライフルーツがゴロゴロと入っています。
 

稲葉さんによると、この「ドライフルーツの羊羹」は、
友人から「パンに合う和菓子」を作って欲しいという依頼から
作ることになることになったそうです。
 
初めに考えたのは、パンに合う和の素材。
和菓子のルーツの「果の子」、果物や木の実に、餡、黒糖など。
ドライフルーツとサトウキビから出来ている黒糖やラム酒は好相性です。
浅野理生さんは、これらの素材をヒントに
テリーヌのような羊羹をイメージして
ドライフルーツを丸ごと入れることで素材の宇宙感を出したそうです。
 
パウンドケーキ用の容器を使って作ります。
断面をイメージしてドライフルーツを置き、濃厚な羊羹を注ぎ込みます。
出来上がった羊羹は、フランスパンに載せてワインにも合います。
パッケージも斬新ですね。
 
稲葉さんは、羊羹を通じて、
いろんなシーンで楽しんでもらう提案がしたいと豊富を語って下さいました。
 
  • 住所:〒145-0064
       東京都大田区上池台1-16-2
  • 電話:03-3748-3539
 
 

福島県会津若松「長門屋」の「羊羹ファンタジア」
(六代目店主・鈴木哲也さん・静さん)

 
神奈川県箱根で茶会が催されました。
今回の茶会のテーマは「宇宙」です。
 
茶会の主催は、「アバンギャルド茶会」の近藤俊太郎さん。
近藤さんは、平成21(2009)年に外務省主催『日中友好使節団』の
日中文化交流プログラムに参加をきっかけに、
アバンギャルド茶会」を立ち上げ
若い世代の人々に気軽に茶道に親しんでもらうための活動されています。
経済産業省が推進している「クールジャパン」の活動の一環として
「現代茶の湯スタイルプロジェクト」のプロデューサーにも
採用されています。
 

www.ava-cha.com

 
京都大学の宇宙研究者とコラボレーション茶会「宇宙茶会」。
茶碗は青い地球をイメージしています。
そしてお菓子は黒い隕石のようです。
真っ黒で艶やかな菓子を切ると鮮やかな断面が姿を現しました。
断面を切り進めると月が満ちていきます。
青い鳥の飛んでいる様子も変化していきます。
 
 


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このお菓子「Fly Me to The Moon 羊羹ファンタジア」を作ったのは、
福島県会津若松にある嘉永元(1848)年創業の老舗和菓子屋「長門屋」の
六代目・鈴木哲也さん、静さんご夫妻です。
 
羊羹は切るのが大変とか重たいといったイメージを払拭するために、
「Fly Me to The Moon 羊羹ファンタジア」を作りました。
切る度に出てくる絵柄が変化し、
三日月で止まっていた鳥が、徐々に満月に向かい羽ばたき、
景色も少しずつ夜の帳が下りていく羊羹です。
その両端は、まだお月様や鳥の現れる前の時間の絵柄になっています。

見た目だけではなく、切る場所により一切れの味わいも変化します。
シャンパンのゼリーのような錦玉羹が小豆羊羹で挟まれていて、
中の鳥と月はレモン羊羹、
上にはクランベリーや国産の鬼クルミ、レーズンがトッピングされています。
パッケージは福島県浪江町出身の日本画家舛田玲香さんの書き下ろし。
羊羹の世界観にあった美しい色とりどりの景色が描かれています。
「2017年グッドデザイン賞」を受賞しています。
 

 
ご主人の哲也さんによると、
作ったきっかけは、東日本大震災だったそうです。
会津若松市は比較的被害は少なかったのですが、
避難をする人々の姿を見て、みんなを笑顔にしたくて作ったそうです。
一緒に羊羹をデザインした妻の静さんは、
パラパラ漫画のようにひとつの物語になるものをと考えたそうです。
 
鈴木さんの誰もが笑顔になる菓子作りの精神は、
長門屋」代々に受け継がれているようです。
江戸時代から作られているロングセラーの「だるま飴」は、
黒豆に飴が巻かれていますが、
その絵柄はとても可愛らしく、食べるのも楽しみです。
みんなを笑顔にする羊羹は幸せを運んでくれます。
 
  • 住所:〒965-0865
       福島県会津若松市川原町2-10
  • 電話:0242-27-1358
 

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