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美の壺「手のひらのアート 根付」<File 534>

<番組紹介>
思わず握りしめたくなる小さくかわいい「根付」。
ポケットのない着物で
小物を帯からぶらさげる際の留め具で
江戸時代にはおしゃれアイテムとして大流行。
そんな「手のひらのアート」を堪能!
 
 ▽「根付は大切な相棒」だと語る
  落語家の古今亭文菊さん。その心は?
 ▽京都にある日本最大の根付専門美術館をご紹介
 ▽日本より人気!?
  外国人が根付を愛する理由とは
 ▽江戸時代の有名根付師たちの貴重な作品も
  続々登場!
<初回放送:令和3(2021)年4月9日(金)>
 
 
小さく精巧な作りで、独特の存在感を放つ「根付」は、
江戸時代には、庶民から将軍まで愛用した「実用品」でした。
「根付」は、印籠や巾着などに取り付けて帯に挟めば、
小物を持ち歩くことが出来る、
留め具のような役割を果たしていました。
これで、ポケットがなくてもお洒落に持ち歩くことが出来ます。
 
「根付」には、様々に趣向を凝らしたデザインがほどこされ、
江戸の小粋な人々の間で大流行しました。
素材には、動物の牙や角に黄楊の木や珊瑚など、
貴重で多様な材料が使われています。
 
そんな「根付」は、今や高い芸術性が評価され、
世界中で人気を博しています。
 
 

美の壺1.江戸の粋を身に着ける

 

落語家・古今亭文菊さん

 
落語家の古今亭文菊(ここんてい ぶんぎく)さんは
「根付」を愛用しています。
 
「普段は、この懐中時計に付いてまして、
 高座へ上がる前に、懐中時計を帯の中に入れまして、
 で、根付がちょうど帯のこの上に乗っかるイメージ。
 時計と根付は、いつも一緒です。」
 
江戸っ子達の滑稽話が多い落語。
当時、作られた根付をそばに置いて話すなんて、
何だか心強いですね。
文菊さんは、たまたま人から贈られたのがきっかけで、
根付を集め始めたそうです。
文菊さんのお気に入りは、人の形をしたものです。
人の形をした根付には、
「心」や「気」、「想い」が籠っているのだとか。
 
文菊さんは、
時を超えて手元にやって来た「根付」との出会いを
特別なことだと考えています。
文菊さんにとって「根付」は、
師匠であり、お守りであり、気心の知れた友達のようなもので
時を超えて自分の手元に訪れた縁を大切にし、奇跡を感じます。
 
 
 

根付専門美術館「京都清宗根付館」(館長・木下宗昭さん)

京都 清宗根付館」は、日本最大の根付専門美術館です。
二条城にほど近い「壬生」に唯一現存する武家屋敷を、
当時の風格をそのままに改装した建物で、
江戸時代から現代までの「根付」を中心とした約400点が、
年5回の期間限定で公開されています。
 
館長の木下宗昭(きのした むねあき)さんは、
優れた「根付」が欧米に流出していることを知り、
また日本の作家達が
心根を傾けて小さな素材に精緻な造形を施している姿を見るにつけ、
「日本の良き伝統芸術を、日本人の手によって、日本に保管したい」
と考えるようになり、
4000点を超えるコレクションを蒐集し、
選び抜いた作品を展示しています。
 
江戸時代後期に作られた根付「龍宮」には、
龍宮城を取り巻く波や魚や荒々しい海の情景が、
透かし彫りの手法で表現されています。
ぐるりと広がる海の底の世界の中に、
何やら逆さまになった人影は・・・玉手箱を持った浦島太郎でした。
 
側面も見逃し注意です。
恥ずかしいのか、顔を隠した女性の根付。
何と、着物の下に隠されていたのは、いないいないばあの顔が!
表と裏を通して、女性の心の内側がコミカルに伝わってきます。
 
いつも身につけて持ち歩くものだからこそ、
どこから見ても楽しい「根付」。
そんな相棒を連れて町を歩くなんて、粋ですね。
 
 
 
  • 住所:〒604-8811
       京都府京都市中京区
       壬生賀陽御所町46番地1
  • 電話:075-802-7000
 
 

美の壺2.自分だけの一品を求めて

 

根付収集家・中野将志さん

「根付」の収集・研究をしている中野将志(なかの まさし)さんは、
ユニークな方法で「根付」を楽しんでいます。
 
レモンティーが描かれた現代アートには、
江戸時代中期に作られた麒麟の「根付」が
レモンティーを見上げるように飾られています。
これは、レモンティーを飲みたいけれど、
飲めない麒麟を演出しているのだそうです。
 
一つ一つの根付が全く異なる作風を持つことに、
中野さんは魅力を感じています。
「好きなタイプは、やっぱり動物。
 私は動物が凄い好きで、
 いろんなキャラクターに姿に幅があるというか。
 凄い実写的なものから、凄いデフォルメされてるものまである中で、
 本当に作者がどうにか個性を出して、必死に悩んで、
 この形にしたんだろうなっていうものが結構好きですね。」
 
中野さんのコレクションをご紹介いただきました。
 
幕末から明治時代に活躍した根付師・
懐玉斎正次(かいぎょくさいまさつぐ)の「うさぎ」は、
うさぎの毛1本1本のが柔らかく繊細に表現されて、
思わず撫でたくなるような写実的な作品です。
懐玉斎正次(かいぎょくさいまさつぐ)
幕末―明治、大阪の人。
清水吉兵衛の長男として生まれ、
安永家に養子となるが、
実父の死後清水家の名を継いだ。
木彫牙彫ともに写実に徹し、最上の材料を選び、
細緻正確にして力のある品格高い作品を作って、
根付界第一の名人と称される。
20歳頃までは「懐玉堂」、30歳頃まで「正次」、50歳頃まで「懐玉」、その後は「懐玉斎正次」と入銘した。
文化10年―明治25年(1813~1892)。
 
 
 
江戸後期に活躍した友一(ともかず)の「ふくら雀」は、
短い翼につぶらな瞳と小さなくちばしと、
まるで現代のゆるキャラのようで、愛らしい雀さんです。
友一(ともかず)は、19世紀初―中頃の岐阜の根付師。
一時京都へ出て名声を得るも、程なく岐阜に帰り
金華山下黙山観音堂の傍らに草庵を構えて
簡素な生活を送ったという。
写実にのっとった精密、真摯な作風で、
殊に亀および猿の根付を得意として知られる。
 
作者によって、千差万別の根付達。
「みんな おしゃれしてたんじゃないかと思いますね。」
中野さんは こう想像します。
 
 

西洋の熱いまなざし(根付専門店・吉田ゆか里さん)

 
手のひらサイズのおもちゃのように親しまれる
「根付」も登場しました。
「からくり根付」は遊び心満載で、
木の実のようにも見える根付をパカリと開くと、
中には囲碁を打つ2人組がいました。
仕事をさぼって 隠れて遊んでいるのでしょうか?
ところが明治になり、日本人の装いが洋服に変わったことで、
根付は急速に忘れられていきました。
 
一方、西洋では、根付にアートとしての価値が見出されていきます。
19世紀後半から活発に研究がなされ、売買が行われ、
書籍も次々と出版されてました。
現代でも西洋の根付熱は冷めやらず、
オークションでは何と3000万円の値が付くことも。
 
一体、「根付」の何が世界の人の心をひきつけているのでしょうか?
根付専門店「提物屋SAGEMONOYA」の社長・吉田ゆか里さんに
「根付」の魅力を伺いました。
 
「根付は触って楽しめる美術品です。
 触ることで細工が擦り減り、滑らかな肌触りになります。
 これは、「なれ」と呼ばれて、持ち主が愛した証です。
 「なれ」のある根付は、
 海外のコレクターが求めてやまない特長です。」
 
持ち主が愛情を注ぐと、どんどん美しく変化する。
世界でたった一つの手のひらの芸術品。
育てる喜びも、根付の醍醐味です。
 
  • 住所:〒160-0004
       東京都新宿区四谷4丁目28−20
       パレ・エテルネル 704
  • 電話:03-3352-6286
 
 

美の壺3.江戸から今へ

 

現代の根付師・道甫さん

過去に作られたものだけが「根付」ではありません。
現代の根付師の道甫(どうほ)さんは、
自分の空想の世界を「根付」で表現しています。
道甫さん作品「袋小路」は、帯に差して使う「差根付」です。
獲物でもいるのでしょうか?鼠は何かを睨みつけているように見えます。
 
「この鼠は自分を模したものになってますね。
 何か 追われてる感を出したかったんで、
 いろんな締め切りみたいなのが、
 こう 「ウオ~」 「来ないで!」みたいな感じで作ったのがこれですね。」
 
独自の発想で、現代の「根付」のあり方を模索する道甫さんが
最も重視していることは、「根付」の「丸み」だと言います。
「根付」は身につけるものなので、
衣服に引っかからないよう、角を丸めることが重要なのです。
そして、その丸みが「根付」特有の柔らかい印象を生み出します。
「ミステリアスな雰囲気の作品も丸いと、
 なぜか可愛く見えてきませんか?」
 
数種類の刃とヤスリを使い分けながら、
制作時間のおよそ3分の2は、この丸みを出す作業に費やされます。
触り心地の良さそうな緩やかな曲線が生まれました。
奇妙だけど、なぜかギュッとと握りたくなる愛らしいタコです。
伝統を受け継ぎながら、常に新しさを求める道甫さんでした。
 
 

根付作家・及川空観さん

根付コンテストで何度も受賞歴のある
及川空観(おいかわ くうかん)さんの「根付」は、
人や神が今にも動き出しそうな生き生きとした造形をし、
何だかとってもドラマチックです。
 
「ヴィーナス」という名前の「根付」は、
美しい女神のヴィーナスが帆立て貝に寝そべっているものですが、
この作品、ただ美しいだけではありません。
裏側には、中央にはドクロが配され、
その周りには帆立て貝の形に沿って動物がびっしりと彫られていて、
表とは一転、不気味な様相をしています。
また、ヴィーナスの豊かな髪は裏側へ伸びるにつれて、
おどろおどろしい波へと変わっています。
 
美しいものに内在する、秘められた激しい欲望。
そうした心の二面性が表現しされています。
 
複雑な物語を小さな「根付」に込めるために必要なのは、
繊細な技術です。
及川さんは、「左刃」(ひだりば)と呼ばれる根付作り専用の道具を
100本程、自ら作っています。
彫りの細かさによって道具を使い分け、
時には幅1㎜以下の線を彫ることもあります。
息の詰まるような作業を経て、
手のひらサイズの芸術品が生み出されるのです。
 
及川さんによると、「根付はひとつの舞台空間」だそうです。
舞台には、役者がいてシチュエーションがあり、
及川さんは振付師として「根付」を演出しているのだそうです。
大きな舞台を見せることが「根付」の面白さであり、
自身の特徴であると語ってくださいました。
小さな「根付」に込められた壮大な世界。
何百年後も、
きっと誰かの手のひらの上で語り継がれていることでしょう。
 

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