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美の壺「ふくぶくしく 鏡餅」<File 329>

正月の「鏡餅」、“二段にミカン”だけではありません!
実は土地の歴史によって様々。
 ▽ 江戸の武家由来のお飾りは、
   伊勢海老にワカメがあしらわれた豪勢な餅が
   よろいと共に! 
 ▽ 金沢では紅白のお鏡、その深い歴史因縁秘話とは?
 ▽ 京都人は家中に供え、かまどにはなんと三段重ねを!
 ▽ 岩手県一関の農家では
   一年12か月で十二個の餅を竹かごに並べる。
   鏡のように輝く鏡餅をこね上げる職人技も。
日本文化の源流が見えてくる鏡餅大百科
(初回放送日: 平成26(2014)年12月24日放送)
 
 
江戸時代より武家の作法を指南してきた
小笠原家の小笠原清忠さんに、
本格的な鏡餅の飾りつけをご紹介していただきました。
 

 
腰が曲がるまで長生きの願いを込めて
築地から取り寄せた「伊勢エビ」に、
代々受け継がれるようにと「橙」(だいだい)を載せ、
「よろこぶ」の昆布に、
豊作を願って「穂俵」(ほだわら)という名がついた海藻などで、
縁起を担いだ飾りつけになっています。
 

美の壺1.神様の数だけお鏡さん

京都では、12月になると「鏡餅作り」が始まります。
こだわりは、輝きを放つ美しい艶です。
表面の粉が吹き飛んだ下からまさに鏡のような肌が現れました。
京都では「お鏡さん」と呼んで、その飾り方も独特です。
昆布、橙(だいだい)を飾ったら、
真ん中には「干し柿」を飾ります。
 

 
代々伝わる鏡餅を飾る山口俊弘さんによれば、
「柿は、喜ぶに来ると書いて『嘉来』。
 全部で10個あるんですけども
 中の6個と端の2個が別れてます。
 これはいつもニコニコ、仲睦まじくという意味です。」
 

 
おくどさんにしつらえた鏡餅は三段。
竈の神様の「奥津姫神」(おくつひめかみ)と「奥津彦神」(おくつひこかみ)に、
更に、火の神様である「迦具土神」(かぐつちのかみ)の三柱を合わせて
「三宝さん」と呼んで、お祀りしています。
 
更に山口さんは、
10㎝にも満たない高さの小さな「お鏡さん」に
星が付いた「ほしつきさん」を家のあちこちにお供えしていきます。
こちらは井戸の神様に、そして囲炉裏の神様に・・・。
 
京都には神さんの数だけ美しさがありました。
 
 

美の壺2.加賀百万石の天晴(あっぱれ)!

 
加賀百万石の城下町・金沢では、鏡餅は紅白が一般的です。
その起源は明らかではありませんが、
北陸大学教授 小林忠雄さんによれば、
前田利家の徳川幕府に対する対立心からきたのではないかと
されます。
 
江戸時代、約200年前に加賀藩12代藩主・前田斉広(なりなが)により
奉納されたと言われる鏡餅が
市内にある田井菅原神社に伝わっています。
大きな筒状で紅白14段重。高さ約1.5m。
みずからの権勢を示そうと作られたかのようです。
この藩主献上の様式が
城下町の餅に影響したと言われています。
色だけでなく、上下の大きさも。
直径をわずかに変え、厚さを違えてどっしりとした感じを醸します。
歴史が育んだ個性の鏡餅です。
 
 

美の壺3.鏡餅でもてなしてお迎えする

 
岩手県の一関・平泉は、
伊達藩から伝わった餅食文化が受け継がれている地域です。
 

 
一関・平泉には「もち暦」があるほど、
餅と生活が密着しています。
この暦によると、餅を食べるのは年間60回以上もあり、
季節の行事や人生の節目など、
ハレの日には餅を搗き、餅を食べてきました。
この地方に嫁いで来て、
まず覚えるのが「鏡餅作り」なのだそうです。
 
ユネスコ無形文化遺産に「和食」が登録された際には、
日本が提出した申請書に「一関の餅食文化」が詳細に記され、
更に農林水産省が認定する「食と農の景勝地」にも、
全国で初めて選ばれています。
平成29(2017)年からは、訪日外国人旅行者を意識して、
事業名をSAVOR JAPAN(農泊 食文化海外発信地域)に
変更したようです。
 

 
120年続く米農家・小山邦彦さん宅にお邪魔し、
鏡餅づくりの様子を見せていただきました。
 
鏡餅づくりは玄関の土間で行われます。
自分の田で収穫したばかりの新米に、
臼や杵も勿論、自家用です。
そして、お供えの仕方にはある工夫があります。
 

 
「お米を搗くにしても何にしても、
 臼と杵にお世話になる話ですんで、
 臼を休ませるって形ですね。」
 
臼と杵にも感謝をして、
一番に搗き上がった分をまず神様に差し上げます。
餅だけでもご馳走なので、何も飾らないのが一関流です。
形は様々なれど、心はふくぶくしく。
新しい年を喜ぶ鏡餅です。
 

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