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美の壺「伝統をまとう祇園の舞妓」<File 525>

舞妓の装いの舞台裏。紅を下唇だけにさす理由とは?
 ▽舞妓は地毛、芸妓(げいこ)はかつらの日本髪。
  地毛で結う、日本髪伝統の技
 ▽祇園の舞妓を指導し続ける人間国宝・井上八千代さん。
  緊迫する稽古の現場に潜入!
 ▽舞妓最後の10日間。
  この時期だけの髪型・着物・舞を披露。
  お歯黒をする理由とは?
 ▽舞妓から芸妓(げいこ)になる「衿(えり)替え」。
  貴重な1日に密着!
 
 

 
京都・祇園甲部(ぎおんこうぶ)は、
八坂神社の門前で茶屋町として栄えてきました。
その祇園甲部を彩るのが「舞妓」さん。
お茶屋のお座敷で披露する「京舞」は、
人間国宝・井上八千代さんの元で修練を重ねます。
日本髪は自毛で結います。
数少ない髪結い職人の手仕事です。
更に今回は、舞妓から芸妓になる 「衿替え」に密着しました。
舞妓の世界がご紹介されました。
 

 

美の壺1.受け継がれる 京の雅(みやび)

 

京都市 東山区「舞妓さんの装い」

 
今回、華やかな舞妓さんの装いを見せてくれたのは、
祇園甲部(ぎおんこうぶ)の置屋「多麻」(たま)の櫻千鶴(はるちず)さんです。
令和2(2020)年3月4日に
店出し(みせだし)と呼ばれる舞妓デビューをされました。
 
舞妓さんは、日本髪を結い顔にはおしろいを塗っています。
化粧は舞妓自らで全てを行います。
舞妓になったばかりの最初の1年は、紅を差すのは下唇だけです。
下唇だけに塗りおちょぼ口のように見せて、幼さを醸し出すのです。
 

履物は「おこぼ」と呼ばれる、
高さ4寸(約12㎝)もある高下駄を履きます。
コポコポと歩く音が園の街に響きます
 

着物は淡いながらも華やかな はんなりとした京友禅です。
「袖上げ」と「肩上げ」と呼ばれる縫い目は、
かつて舞妓が子供だった時の名残りです。
 
帯は京都の舞妓だけが締める「だらりの帯」。
長さはおよそ5.4m、重さはおよそ6㎏にもなります。
この日の帯は、金糸や銀糸を贅沢にあしらった西陣織。
4月と5月、9月と10月は京友禅の染め帯。
四季折々の花が 鮮やかな色で あしらわれています。
 

 
櫻千鶴さんは
「小さい頃にこの格好に憧れて舞妓さんになったので、
 毎日これさしてもうて、凄いうれしおす」とおっしゃいます。
 
 

「髪結い」(舞妓専門の美容師・石井翠さん)

 
舞妓は、週に一度、舞妓専門の美容室に通います。
置屋「多麻」の柚子葉(ゆずは)さんが向かったのは、
京都でも数少ない、髪結いの石井翠(いしい みどり)さんのお店
「翠美容室」(みどり びようしつ)です。
石井翠さんは、10年の修業後、
平成29(2017)年に独立して店を構えました。
 
舞妓さんは地毛で日本髪を結い上げます。
柚子葉さんは日曜日の夜に髪を解き、
月曜日の朝に結ってもらうことを習慣にしています。
 
最初に使うのは「おこて」と呼ばれるヘアアイロンです。
髪の毛の癖を直し、
同時に髪の毛のボリュームを出すために「ふかし」を行います。
ある程度ボリュームがないと丸みが仕上げの時に出ないため、
「おこて」を当てて髪をふんわりさせて、舞妓独特の日本髪を結い上げるのです。
 
京都の舞妓さんが結う日本髪は、
京都しかない「京風」というもので、
「江戸風」に比べて、
高さを抑えて、全体的に丸く、可愛らしいのが特徴です。
 

 
髪結いになくてはならないのが「つげ櫛」。
石井さんは2種類の櫛を使います。
使い込むほどに髪に馴染む櫛になっていくそうです。
 
髪をまとめ、和紙の糸で形づくります。
日本髪の形を決める「鬢」(びん)
前から後ろに流れるように張り出した「鬢」が出来ました。
舞妓によって、微妙に形を変えていると言います。
 
舞妓にはいろいろな髪型があります。
1年目の舞妓が結うのは「割れしのぶ」。
髷を2つに割ったもので、
赤い鹿の子を差し込んで、真ん丸な髷が出来上がりました。
2年程すると「おふく」に変わります。
「割れしのぶ」より、落ち着いた雰囲気に。
丸く優しげな日本髪が完成しました。
 

 
そして日本髪を彩るのが「花簪」(はなかんざし)
花簪は月ごとに替え、
4月は桜、7月はうちわに花があしらわたもの、そして11月は紅葉です。
唯一無二の魅力が詰まった 舞妓ならではの装いです。
 

 
 

美の壺2.型に思いを込める

 

人間国宝・京舞井上流の五世家元・井上八千代さん


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4月、園の芸舞妓が総出で舞を披露する「都をどり」。
古都の春の風物詩です。
明治5(1872)年に、京都で行われた博覧会の呼び物として、
それまでお座敷でしか見ることが出来なかった舞を披露したのが
最初と言われています。
 

 
今日まで園で受け継がれているのは、京舞井上流の舞です。
舞妓達は、日々、
芸舞妓の専門学校「八坂女紅場学園」(やさかにょこうばがくえん)
三味線や舞の稽古をしています。
 
この日、舞の稽古場にやって来たのは置屋「多麻」の舞妓
まめ樹(まめじゅ)さんと菜乃葉(なのは)さん。
舞が出来なければ舞妓さんにはなれない。
先生を待っている僅かな間も舞の練習をしています。
 
舞の指導に当たるのは、人間国宝の京舞井上流の五世家元・
井上八千代さんです。
井上さんは園甲部の芸妓と舞妓、全ての指導をしています。
 


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舞で一番大切なのは姿勢だそうです。
腰を落としてお腹で舞うのが基本。
そして舞う時は、顔に喜怒哀楽は出さずに
顔と体の動かし方で気持ちを表現します。
静けさの中にただ立っているだけで、
寂しさとか悲しさとか周りの景色も見えるとか。
ちゃんと舞が出来た時には表現出来ているのだそうです。
 
お座敷では地方さんの演奏と歌に合わせて舞を披露。
置屋「多麻」の舞妓、ゆり葉さんと多都葉さんが
「祇園小唄」を踊ってくれました。
 

 
 

美の壺3.舞妓からの旅立ち

 

衿替え前の10日間(まめ衣さん)


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舞妓は4~5年すると芸妓になります。
芸妓になることを「衿替え」(えりかえ)と言います。
1週間後に衿替えを迎えるまめ衣さんは、
舞妓としての最後の10日間だけ舞う特別な舞「黒髪」を披露してくれました。
「黒髪」は、もう側にはいない恋しい男性を思う
女性の愛の切なさを表現したものです。
大人の感情を踊りで表した、舞妓としての集大成です。
 
1週間後、まめ衣さんは芸妓になる 「衿替え」を迎えます。
髪型も、舞妓最後の10日間だけ結うことが許される
「先笄」(さっこう)にしています。
花簪は「松に鶴」、地毛で結う最後の日本髪。
既婚女性が結っていた髪型に、お歯黒もして、
新妻気分を味わってもらおうという伝統なのだそうです。
 
「芸妓さんになれるんかなという不安とかもいろいろあったんどすけど、
 今はもう、ここまでこうやって先笄という頭も結わさしてもうて、
 こんな格好もさしてもうてるので、
 もう 頑張るぞという気持ちしかおへんどす。」
 
 

かつら職人・今西康文さん

 
まめ衣さんが芸妓になる日を迎えました。
置屋の玄関先には、お祝いの目録が貼られています。
朝から準備が始まります。
 
まめ衣さんは、一緒に暮らす後輩の舞妓達に 見守られながら、
職人により化粧をしてもらいます。
そこにやって来たのは、かつら職人の今西康文(いまにし やすふみ)さん。
まめ衣さん用に作られたかつらを持って来てくれました。 
自分の髪で結う舞妓と違い、芸妓はかつらをつけます。
かつら作りは3か月前から始まっていました。
かつら職人の今西康文さんは、
何度もかつら合わせをしながら、緻密に作り上げました。
 
髪型は江戸風の「島田髷」。
「島田髷」は江戸時代の未婚女性の定番の髪型です。
 
どの職人さんも
「島田に命をかける」というほど難しいかつらだそうです。
髷の美しさでかつらの出来が決まります。
高さを出すことで大人っぽく見せます。
力強くも上品な島田髷が完成しました。
 
芸妓としての最初の1週間は「黒紋付き」で過ごします。
まめ衣さんは、
女将が60年前に「衿替え」した時に使ったという着物を着せてもらいます。
着付けは「男衆さん」(おとこし)と呼ばれる着付け職人が
2人がかりで行います。
舞妓の「だらりの帯」とは違い、
短い「二重太鼓」を結び、大人の女性を演出。
 
「舞妓の時代は、やっぱりお客さんも可愛いなとか言うてくれはって
 それだけでうれしかったりとか してたんどすけど。
 これからは、きれいなお姐さんになって中身も大人になって、
 舞い方であったり作法とかも、
 もっと芸妓さんらしくしなあかんなと思います。」とまめ衣さん。
 
芸妓最初の仕事は、園のお茶屋に挨拶回り。
芸事を修める、一人前の芸妓としての門出です。
置屋の門を叩いておよそ6年。
今日も舞妓が一人、園に新たな一歩を踏み出しました。
 

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