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美の壺スペシャル「日本の避暑地」

<番組紹介>
夏本番!「日本の避暑地」の魅力を大特集!
 
▽長野・上高地にある昭和8年開業の
 リゾートホテル。雪深い春先から準備する”
 夏のもてなし”に密着!
▽奥日光・ベルギー大使館別荘から望む、
 雄大な絶景!
▽軽井沢で人気のエッグ・ベネディクトに、
 伊豆高原の朝採れ野菜のフレンチ…
 避暑地ならではのグルメが続々登場!
▽俳優・木村多江も軽井沢伝統の技に触れる
 拡大スペシャル!
 
避暑地の涼しい美をたっぷりご紹介!
 
 
北アルプスを望む山岳リゾート、上高地。
緑豊かな高原リゾート、軽井沢。
そして、山と湖が美しい、奥日光。
日本には夏の暑さを忘れさせてくれる
美しい避暑地がたくさんあります。
今回はそんな避暑地の魅力が紹介されました。
 

上高地

 
北アルプスの山々を望む、長野県上高地は、
日本有数の山岳リゾートです。
標高およそ1, 500mの風光明美な景色を求めて
国内外から観光客が訪れます。  
 

www.kamikochi.or.jp

 

上高地帝国ホテル


www.youtube.com

 
上高地帝国ホテルは、昭和8(1933)年に開業した
リゾートホテルです。
 
上高地帝国ホテルは、令和5(2023)年10月6日に開業90周年を迎えます。

www.imperialhotel.co.jp

 
 
スイスの山小屋をイメージして造られた
ホテルには、避暑地ならではのもてなしが
あります。
客室は屋根の勾配をそのまま生かして、
山小屋の気分を演出。
家具には高山植物のエーデルワイスが
彫り込まれています。
 
 
窓の外には、穂高連峰。
部屋にいながら、
上高地の自然に浸ることが出来ます。
 
 
 
山奥でも多彩な料理を味わえるのが、
リゾートホテルのもてなし。
メインディッシュは、
昭和8年の開業時から変わらない
ローストビーフです。
華やかな料理が、
リゾート気分を盛り立ててくれます。
自然の中に身を置いてゆったりと過ごす・・・贅沢な時が流れます。 
 
 
上高地の夏の準備は
まだ雪深い4月から始まります。
冬の間は休業するため、
5か月ぶりの営業再開するために、
交通規制が解かれた日に、
東京のホテルなどから
およそ100人のスタッフが入山し、
積もった雪をかき分けることから、
客を迎える準備を始めます。
 
それから東京から輸送されてきた
当面必要な備品や食材が入った
900箱にも及ぶダンボール箱を
スタッフ総出で運び入れます。
こうして、長く閉ざされていたホテルが
息を吹き返していきます。
 
宿泊客を最初に出迎え、荷物運搬などを行い、
フロントに誘導してくれるなど、
身近に接するホテルスタッフ「ベルマン」。
ベルマン5年目の橋田兼昇さんは、
今年初めて上高地で「ベルマン」を担当する
スタッフの指導をします。
 
まず、客に貸し出すウォーキングシューズを
磨き上げます。
ロビーにあるこのホテルのシンボルである
巨大なマントルピースに火を灯すのも、
「ベルマン」の仕事です。
客の前でスムーズに行えるように
オープンまで練習を重ねます。
 
雪が解けて緑が色濃くなると、
上高地は避暑シーズン本番を迎えます。
ホテルは、山の自然を求めて訪れる人々を
迎え入れます。
 
ベルマンの橋田さんも、
散策に出かける客をサポート。
更には、お客様によりよい提案をするため、
休日にも情報収集をします。
上高地の絶景ポイントを
しっかり押さえておきます。
 
夏でも、夜になると肌寒い上高地。
周りが冷え込むと 暖炉に火を灯します。
ゆらめく炎とパチパチと薪の爆ぜる音が、
お客様を心地良く包み込んでくれます。
 
周りには街灯も何もないので、
きれいな星空がご覧頂けます。
夜空にまたたく無数の星が、
山の避暑地の最高のもてなしです。 
 
  • 住所:〒390-1516
    長野県松本市安曇上高地
  • 電話:0263-95-2006 [客室予約係]
 
 

軽井沢

 

軽井沢の朝食専門のカフェ
「CABOT COVE(キャボットコーヴ)」

 
カラマツの並木が続く、憧れの避暑地・
長野県軽井沢。
この高原の朝を楽しむため、
人々が訪れるのが、
朝6時半に開店する朝食専門のカフェ
地元の食材を使った
アメリカンブレックファストが、
この店のスタイルです。
経営するのは、清人さん・惠子さん夫妻。
米東海岸の ニューイングランド地方を
旅した時に食べた朝食に魅了されて、
11年前に店を出しました。
看板メニューは、米国で味わった朝食です。
頂くのは、清々しい空気の中で食事が出来る
テラス席で。
出口さんご夫妻は、軽井沢だからこそ、
理想の朝食が実現出来たと言います。
 
  • 住所:〒389-0115
    長野県北佐久郡軽井沢町追分78-26
  • 電話:0267-31-5078
 
 

軽井沢 ルバーブのジャムのお店「沢屋

 
軽井沢には、避暑地ならではの
洋食文化が伝えられています。
初夏になり収穫が始まるのが
西洋野菜「ルバーブ」です。
 

 
「ルバーブ」はシベリア原産で、
茎が赤く色づくのが特徴です。
軽井沢を訪れた外国人によってもたらされました。
旧軽井沢テニスコート通りにある
沢屋」の社長・古越道夫(ふるこしみちお)さんは
宣教師から教わったレシピで、50年間、
ルバーブジャム」を作り続けています。
 
沢屋」では、「ジャムファクトリー」で、
ジャム作りの工程を見学出来る他、
「ジャム作り体験教室」(予約制)も開催されています。販売スペースも併設されています。

www.sawaya-jam.com

 
そのままだと酸味が強いルバーブは、
煮詰めてジャムにするのが、
昔ながらの食べ方です。
刻んだルバーブを煮詰めると、
落ち着いたピンク色に。
そして、ルバーブの酸味を生かすために
グラニュー糖で程よい甘さに調えていきます。
 
ルバーブジャムは、パンは勿論、
豚や鶏などの肉料理にも合うと言います。
甘酸っぱいジャムが、清々しさを感じさせて
くれます。

 
 
 

避暑地暮らしの極意を探して

今回は、木村多江さんに番組からプレゼント!
木村多江さんを軽井沢、浅間山麓に広がる
緑豊かな避暑地にご招待しました。
 
辻邦生山荘

 
まず、木村さんは、
小説家で仏文学者の辻邦生(つじくにお)
昭和51(1976)年に執筆のために建てた
別荘にやって来ました。
中に足を踏み入れると、本が一杯です。
 
辻は、夏はここに滞在して、
自然の中に身を置きながら筆を走らせました。
 
軽井沢観光協会・新宅弘惠さん

 
木村さんも うっとりする 軽井沢の美しい森。
案内してくれたのは、軽井沢観光協会
新宅弘恵さんです。
 
何かホッとする、緑のいい香りがしています。
この辺はカラマツという木が多くあり、
ちょうど芽吹きの季節になっていて、
この緑のコントラストが美しく、
またその葉っぱと葉っぱの間から
フワッと優しい光がこぼれて、何とも美しい。
 

 
現在は、避暑地として知られる軽井沢ですが、元々は、木もまばらな土地が広がっているだけでした。
そこに、明治19(1886)年、
カナダ生まれの英国公使館付宣教師、
アレキサンダー・クロフト・ショー氏が訪れ、
軽井沢の美しい清澄な自然と気候に感嘆。
家族や友人達にその素晴らしさを推奨し、
民家を借りて過したことが、避暑地としての
軽井沢の始まりと言われています。
 
ショー氏は明治21(1889)年には別荘を建て、
ショー氏の友人達である宣教師紹介すると、
彼らは別荘が年を追って建ち始めました。
 

 
訪れる人々の数は年々増加を重ね、
明治30(1897)年頃になると、
貸別荘やホテルが営業を開始し始めました。
 
大正の初期には、箱根土地(現プリンスホテル)・
鹿島建設・野沢組などの日本人の実業家達は
土地分譲が始めた他、緑豊かな美しい景色を
目指して、植林を重ねました。
こうして100年以上の時をかけ、
軽井沢の森は作られてきたのです。
先人が作り上げた美しい別荘地。
軽井沢に元々生えていた植物を植えて、
自然の景観を保とうとしています。
軽井沢の美しい緑は、
人の手で守られてきたんですね。
 

 
軽井沢彫りのお店
「大坂屋家具店」

 
旧軽井沢地区にある商店街にある
明治25(1892)年創業の「大坂屋家具店」では、
桜の手彫りの「軽井沢彫」を見つけました。
 

 
この道47年の彫刻師・小林正喜さんの
制作現場を見せて頂きました。
 
「軽井沢彫」は、明治時代に避暑に訪れた
外国人宣教師に家具を作ったことにより
始まった伝統工芸です。
(昭和58年長野県の伝統工芸に指定)
 
欧米人の要望により、葡萄や日本を象徴する花
「桜」の柄が多く使われています。
「桜」を彫り出す緻密な技には、
道具に秘密が ありました。
木地に鉛筆で花や枝の大まかな印を付けたら、
「叩きノミ」や「切り出し刀」で輪郭を出し、
輪郭の周りや内側をキレイにさらい取ります。
これにより、桜や葡萄の幾重にも重なる立体感が表現されます。
雄しべや葉脈は、軽井沢彫とルーツの日光彫でしか使用しない独特の道具「ひっかき」を使って、滑らかな曲線を表現します。
最後に「星」という道具を木槌で打ち込んで、模様を浮き立たせていきます。
 
また伝統的な「軽井沢彫」の家具は、
顧客であった外国人が祖国に帰る際、
コンパクトに持って帰ることが出来るように
部材をバラバラに分解したり組立てが出来る
「ノックダウン式」家具になっています。
 
  • 住所:〒389-0102
    長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢629
  • 電話:0267-42-2550
 
 
ジョンレノンが愛したフランスパン
「フレンチベーカリー」
 
木村さんが次にやって来たのは、
軽井沢のメインストリート「旧軽井沢銀座」。
ここに、ジョン・レノンが愛したフランスパンを焼いている「フレンチベーカリー」が
あります。
ずらりと並ぶのは、50種類ものパン。
ジョン・レノンは、草履にジーパン、自転車でいらしていたそうです。
 
軽井沢の老舗ホテルで
外国人客相手に腕を振るっていた初代。
季節によって塩加減を変え、
手間をかけて発酵させることで
「外はカリカリ 中はしっとり」という食感に
仕上げます。
 
  • 住所:〒389-0102
    長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢618
  • 電話:0267-42-2155
 
 
ドイツ人直伝のソーセージ
「軽井沢デリカテッセン」
「フレンチベーカリー」のもう一つの定番
「イギリスパン」に手作りハムで作った
サンドイッチが最高の至福の朝食と
別荘のお客さんの間で評判になっています。
 
ドイツ料理店で働いていた初代が、
40年程前に独立して開店した
ハム・ソーセージの専門店
軽井沢デリカテッセン」のショーケースには
ドイツ人直伝の味の自家製のハムやソーセージが20種類以上も並んでいます。
 
2代目が桜の薪を使って燻製するという製法が今も受け継がれています。
この褐色が おいしさの証しなんだとか。
 
「コンビーフ」「ロースハム」「レバーペースト」と
木村さんも6種類もお買い上げになり、
早速、サンドイッチを作って、
軽井沢の緑を眺めながら、食事を満喫されました。
 
 
 
ヴォーリズ建築の歯科医院
「旧鈴木歯科医院」

 
最後に「別荘暮らしの達人」と言われる、
片岡秀之さん、寿子さん夫妻のお宅を
訪問しました。
片岡さんの別荘は、昭和11年に建てられた
歯科医院だった建物です。
設計は、建築家・ヴォーリズ。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、
明治38(1905)年に英語教師として来日し、
滋賀県立商業高校の英語教師の傍ら、
自ら設計した八幡YMCA会館で布教活動に従事。
その後、京都で建築業をスタートさせました。
 
たそうです。
です。
明治44年の「グレシット・ハウス」を皮切りに、大正時代には自身も避暑生活を兼ねて
軽井沢で仕事を始め、昭和17年までの間に
別荘46棟、「軽井沢教会」「軽井沢サナトリウム」など公共施設を56棟設計しました。
 
「ベイウィンドウ」という湾曲した窓は、
ヴォーリズ建築の特徴です。
外光を多く取り込むための工夫です。
中でも見所は、暖炉です。
宣教師でもあったヴォーリズは、
家族が集まる場として、
暖炉を大切にしていました。
 
 

静岡県伊豆高原

オーベルジュ「ル・タン」

 
避暑地で料理をじっくり味わうなら、
宿泊施設を備えたレストラン「オーベルジュ」はいかがでしょう。
その土地の新鮮な食材を
フランス料理の技で美しく調理し、
その料理をゆったりと味わいながら、
そのまま宿泊するという贅沢な過ごし方です。
 
静岡県伊東市にある、
オーベルジュ「ル・タン」は、
日本のオーベルジュの先駆者的存在です。
山も海も近い伊豆高原ならではの
新鮮な地元の食材と自家製農園の採れた野菜を味わうことが出来ます。
 
シェフの三輪良平さんは、
野菜を自ら育て、毎朝収穫します。
濃い緑の「ズッキーニ」、
赤く色づいた「にんじん」、
旬を迎えた野菜が色鮮やかに実ります。
朝採れた食材から、メニューを考えるという
三輪さん。
この土地でしか味わえない料理を作ります。
高原の風が吹く食卓で、夏を味わうことが出来ます。
 
  • 住所:〒414-0052
    静岡県伊東市十足614-187
  • 電話:0557-45-5181
 
 

奥日光

 
栃木県・奥日光にある中禅寺湖。
四方を山に囲まれたこの静かな湖には、
毎年、多くの人が避暑に訪れます。
 

 
明治になると、夏でも涼しい中禅寺湖には、
外国人が避暑に訪れるようになります。
英国の外交官であったアーネスト・サトウも
その一人です。
湖畔から眺める景色を絵画のようだと
絶賛しました。
各国の大使館もこちらに別荘を構えたことから
「夏は外務省が日光に移る」と言われたほどでした。
 

 
山と湖が織り成す景色は、
多くの西洋人の心を捉えました。
ヨットやフライフィッシングなど、
西洋の遊びを楽しみながら
中禅寺湖の夏を過ごしました。
 
ベルギー王国大使館別荘


www.youtube.com

 
中禅寺湖の畔に建つベルギー大使館の別荘は、
昭和3年に、実業家・大倉喜七郎により
当時のベルギー国王に寄贈された建物です。
以来90年に渡り、歴代大使の別荘として使われ続けてきました。
今回、特別に建物の中を見せていただくことになりました。
 
案内してくれたのは、ベランダです。
山と湖が 目の前に広がり、部屋の中にいながら景色を楽しむことが出来ます。
 
そして、もう一つ特別な場所を
案内していただきました。
王様のベッドルームと呼んでいる部屋です。
1986年、ベルギー国王が皇太子時代に
ここを訪れたのだとか。
国王は日本を訪れたことを覚えていて、
いつもその時のことを話しているのだそうです。
 
 

北志賀高原

展望テラス「SORAterraceソラテラス)」


www.youtube.com

 
冬はスキー場として賑わう
長野県の「北志賀高原」。
竜王ロープウエーに乗って
急勾配を一気に上って行くと、
8分で標高1770mの山頂駅に到着です。
 
天気が良い日には、北アルプスと日本海を
望むことが出来るのですが、
本当のお目当ては「雲海」です。
雲が展望台より低くなり、海のように見えるのです。
この辺りは、かつては地元の人だけが知る
「雲海スポット」でした。
 

 
ここに平成27(2015)年に展望テラスが作られ、
夏も「雲海」を楽しむ客で賑わうようになりました。
山頂駅付近に開業したこのテラスは、
より多くのお客さんに雲海と絶景を
ゆったり楽しんでもらいたいという思いから
誕生したそうです。
展望デッキとレストランカフェがあります。
 
  • 住所:〒381-0405
    長野県下高井郡山ノ内町夜間瀬
  • 電話:0269-33-7131
 
 

湘南

 
神奈川県・相模湾沿岸に広がる海のリゾート、湘南。
サーフィンやヨットなど、海外のマリンスポーツの多くがここから全国に広まりました。
多くの海水浴場も点在し、
夏には海を楽しむ人達で賑わいます。
 

 
湘南が避暑地になったのは明治時代です。
始まりは「大磯」でした。
明治20年に鉄道が開通すると、
海が見える保養地として、
政治家や財界人がこぞって別荘を構えました。
時の総理大臣・大隈重信もその一人です。
当時、高価だったガラス窓を一面に巡らせて
海の景色を楽しんだといいます。
 

 
大磯は海水浴場としても人気がありました。
「潮湯治」といって、
温泉のように海水に浸かると、リウマチなどに効果があると考えられていました。
やがて海辺には「海水茶屋」と呼ばれる
海の家が登場し、
様々な客が訪れるようになります。
 

 
 
イラストレーター・鈴木英人さん

 
この湘南の海を30年に渡り描き続けています。
桑田佳祐さんのCDジャケットを始め、
数多くのイラストを手掛けています。
 

eizin.co.jp

 
建築家・岩切剣一郎さん
昭和30年代に、湘南を舞台にした小説や映画が大流行。
それに憧れた若者達が押し寄せ、
最新のファッションに身を包み、
砂浜で夏を楽しみました。 
 

 
1970年代になると、サーフィンブームが到来。
サーフィンに憧れる若者が湘南に集まって
きました。
 

 
湘南は全国に先駆けて、
「サーフィンの町」として発展し、
日本のウエストコーストと呼ばれ、
海岸通りにはカリフォルニアを思わせる
サーフショップが並ぶようになりました。
そして、中には、サーフィン好きが高じて
湘南暮らしをする人も現れました。
 

 
建築家の岩切剣一郎さんも、その一人です。
岩切さんの一日は サーフィンをすることから
始まります。
かつては東京に住んでいましたが、
4年前、この海と町が気に入って、
家族とともに移り住みました。
 

 
岩切さんの自宅は、
海から僅か徒歩3分のところにあります。
カリフォルニアの海辺で見た家を参考にして、自らデザインしました。
屋外にもシャワーを設けて、
海から戻ったら、すぐに潮を洗い流し、
そのまま風呂に入ることも出来る、
まさにサーファー仕様の家です。
岩切さんは、湘南に住み始めてから
人生の捉え方が変わったと言います。
サーフィンはライフスタイルの一部。
憧れの避暑地に住まいを構える。
ビーチライフの最高の楽しみ方です。 
 

dolive.media

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