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美の壺「不朽のデザイン 市松模様」 <File520>

スーツから靴下まで、市松模様を毎日身につける
狂言師・茂山逸平さん。
愛用歴20年の市松アイテム大公開!
 ▽縄文土器や埴輪にも!
  写楽も描いた「市松」の名の由来の人物とは?!
 ▽漆黒市松のスタイリッシュな江戸切子に、
  3500の四角がうごめく市松模様の九谷焼。
  現代にいきる、市松模様ならではの美
 ▽京都・東福寺にある重森三玲の市松模様の庭。
  その意図を孫が読み解く!
 ▽古民家に輝く、市松のふすま絵!
 
 
 

美の壺1.交互:繰り返す四角の妙

 

市松模様愛好家(狂言師・茂山逸平さん)

 
大蔵流の狂言師・茂山逸平(しげやま いっぺい)さん。
茂山さんは自他ともに認める「市松模様」好きです。
熱中歴は20年で、
100点以上もの市松グッズをコレクションしています。
 
和でも洋でも使いやすいと、
衣類から持ち物まで、何から何まで市松づくしです。
着用されていたスーツにも「市松模様」が施されていて、
光の加減でうっすら見える市松が何とも上品。
ネクタイも、着物も、更には下着まで市松と、
市松を身につけない日はないのだとか。
バックの中身を見せて頂くと、
道行き、風呂敷、信玄袋、名刺入れ、それから名刺も勿論「市松」。
マスクで顔を隠しても、
「市松模様」の柄から茂山逸平さんだとバレてしまいます。
 

 
「市松模様」は狂言の装束にも施されてきました。
伝統芸能、古典芸能は
観賞用というよりも保存用に思われがちであるけれど、
実用的でありたい、と語る茂山さんでした。
 
 
 

市松模様の歴史 縄文時代〜江戸時代の佐野川市松
(多摩美術大学 芸術人類学研究所所長・鶴岡真弓さん)

 
日本の「市松模様」の歴史は古く、縄文時代にまで遡ります。
縄文時代後期の「深鉢型土器」の表面には、
約5cm四方の「市松模様」が描かれています。
多摩美術大学芸術人類学研究所所長の
鶴岡真弓(つるおか まゆみ)さんによると、
縄文時代の人々も宇宙・自然の中で無限の広がりを
格子状のデザインとして文様にしていったのではないかと
解説して下さいました。
6世紀、古墳時代後期の「貴人埴輪」(きじんはにわ)には
「市松模様」の袴が描かれています。
2色が拮抗し対立し合う「市松模様」は、
再生力・反転力を表現する模様なのだそうです。
 
 
「市松模様」は、
以前は「石畳」(いしだたみ)と呼ばれていました。
江戸時代に、歌舞伎俳優の初代・佐野川市松(さのがわいちまつ)
近松門左衛門作「心中万年草」という演目で
白と紺の「石畳」柄の袴を履いて人気となり、
そのことからそれ以降、
「市松模様」(いちまつもよう)と呼ばれるようになったのです。
東洲斎写楽「三世佐野川市松の祇園町の白人おなよ」にも
市松模様の着物を着た佐野川市松が描かれています。
 

 
 

美の壺2工芸:平面を超えて

 

市松模様の江戸切子(伝統工芸士・石塚春樹さん)

 
「市松模様」の江戸切子を作っているのは
江戸切子の職人、伝統工芸士の 石塚春樹さんです。
(ミツワ硝子工芸・江戸切子 彩鳳)
 
 
漆黒と透明の大胆な面が際立つ「市松模様」のグラス。
いかに細かく出来るかにこだわったそうです。
ある時、デザインを斬新に変えることで
今までの江戸切子っぽさからちょっと抜け出せるのではと
思い付きました。
 
江戸切子は外側に色の着いた「色被せガラス」、
内側に透明な透明な「透きガラス」の二重構造で出来ています。
それを職人が手作業でを削って作ります。
まずは、ダイアモンドホイールで
格子の線を入れる「割り出し」という作業を行います。
次の「荒摺り」・「中摺り」・「石掛け」の工程は
従来と同じやり方では上手くいかず、試行錯誤を繰り返しました。
砥石にサンドペーパーも併用して、美しい面を削りました。
 
正面から見ると「市松模様」のグラスですが、
少し視点をずらしただけで
手前と向こうの色が宙に踊って舞っているような雰囲気に見せるところが
ガラスの「市松」の魅力だと石塚さんはおっしゃっていました。
 

 
  • 住所:〒340-0045
       埼玉県草加市小山2丁目24−22
  • 電話:048-941-9777
 
 

市松模様の九谷焼(陶芸家・戸出雅彦さん)

石川県金沢市の陶芸家・戸出雅彦(といで まさひこ)さんは
九谷焼で「市松模様」を表現しています。
九谷焼の家に生まれた戸出さんは
独自のスタイルを確立したいと
多くの作品に「市松模様」を取り入れてきました。
 
戸出さんが「市松模様」に注目したのは
平成14(2002)年、
テレビでサッカーW杯を見たことがきっかけでした。
真っ赤な「市松模様」のクロアチアの旗が
振られて立体的にうねる様子が、
平面の布なのにまるで生き物のように見え、
「ああいうものを作りたい」という気持ちが湧き上がったのだそうです。
以来20年近くに渡り、
生き物のように見える「市松模様」に挑み続けてきました。
 
縄文土器の造形に着想を得て作った、
ダイナミックな形の「飾り壺」に「市松模様」を描いていきます。
使うのは九谷焼で輪郭を描く際に使う、黒の絵の具です。
細い筆で、ひとつひとつ塗りつぶしていきます。
3,500以上の四角が並ぶ飾り壺。
まるで命を宿したかのような「市松模様」です。
 
 
 

美の壺3.見立て:整然から解き放つ

 

重森三玲の市松模様の庭(東福寺)

 
京都市東山区の東福寺の大方丈には
東西南北に四庭が配されています。
日本を代表する作庭家・重森三玲(しげもり みれい)
昭和14(1939)年に完成させた
国指定名勝「本坊庭園(ほんぼうていえん)です。
そのうち、北庭西庭は「市松模様」になっています。
 
重森三玲の孫で作庭家の
重森千靑(しげもり ちさお)さんが解説してくれました。
 
 
北庭「小一松の庭園」には、
板石と杉苔が織りなす四角の世界が広がっています。
重森三玲は、かつて使われていた敷石を再利用し、
敷石を枯山水としてではなく、杉苔と合わせて
「市松模様」を作り上げました。
 
杉苔は、山の木の四季折々の変化を縮小した世界を表現しています。
朝は水分を含んで青々とした杉苔は新緑を思わせ、
日中乾燥すると次第に茶色くなり、秋の山を彷彿させます。
「静」と「動」でもあり、「隠」と「陽」でもある、
「石」と「苔」の世界。
この対局する2つが並ぶ整然とした世界は
庭の奥に行くに従いまばらになり、やがて消えていきます。
その消え行く様の表現は絵画のぼかしや遠近法にも繋がるデザイン。
禅や悟りの世界がこの庭に込められているのだそうです。
 
  • 住所:〒605-0981
       京都府京都市東山区本町15丁目778
  • 電話:075-561-0087
  • 拝観料[通常] 大人:1000円(小人:500円)
       [秋季] 大人:  500円(小人:300円)
 
 

市松模様の襖絵(美術家・三桝正典さん)


www.youtube.com

 
広島県広島市の美術家で広島女学院大学教授の
三桝正典(みます まさのり)さんは
重森三玲が手掛けた広島市にある桜下亭(おうかてい)の襖絵を
平成23(2011)年に描いたことをきっかけに、
「ジャパニーズ・モダン」をテーマに
京都・大徳寺や尾道・浄土寺など
多くの寺社や茶室の襖絵などを描いてきました。
 
  • 住所:〒731-0136
       広島県広島市安佐南区長束西3丁目9-17
  • 電話:082-239-1000
 
 
8年前から、作品に「市松模様」を取り入れています。
襖絵「秋 蜜柑」という作品は
地元のみかんを「市松模様」で表現しています。
赤・黄色・緑の絵の具を和紙の上で重ね、
仕上げにハケで金色を施しています。
光を浴びるときらきら光るみかん。
「市松模様」も遠目に見るとチラチラと光が反射しているように見える、
その効果と魅力をみかんに重ねて表現したのだそうです。
 
 
現在取り組んでいるのは、
安永3(1774)年に建てられた築246年の古民家・旧千葉家住宅に納める
「桜と市松模様」の襖絵です。
「市松模様」は2種類の金色で、桜の花びらは白と赤の絵の具で描かれます。
三桝さんは、「市松模様」には完成された美を感じるとおっしゃいます。
時間の経過とともに、完全な「市松模様」が
剥がれ落ちたり消えたりする経過を表現しています。
東から太陽が登り、刻々と日差しを強め、西へ傾いていく・・・。
その光の移ろいを「市松模様」で表しています。
 
 
  • 住 所 :〒736-0066
         広島県安芸郡海田町中店8−31
  • 公開日 :第2、4土曜日の前日から連続する4日間
  • 公開時間:10時~16時
  • 見学料 :無料
 

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