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大阪府「和晒」

 

堺の津久野毛穴(けな)地域周辺は、

大阪という大消費地と綿生産地との中間に位置し、

「晒」(さらし)に必要な大量の水を供給出来る

石津川が流れていることから、晒業が発達しました。

 

昭和中期までは、川一杯に純白の布が流され、

河原では天日漂白する光景が見られました。

しかし、ボイラーやポンプの普及や河川の水質低下により、

現在では屋内で作業するようになり、

このような光景は見られなくなりました。

現在は、堺市の石津川沿いには7軒の和晒工場があり、

この7軒で日本の「和晒し」の何と90%以上が生産されています。

 

泉州地区(大阪府南部)は、古くから木綿栽培が盛んでした。

特に江戸時代には、米より収益の良い木綿栽培が増加し、

最盛期には全耕地の40%を占めたと言います。

天然の木綿は、綿自体に脂質や不純物、色素が含まれており、

更に、独特の匂いがあります。

 

綿糸から綿布を作る時、そのまま織機にかけると、

強度や摩擦耐性の不足により、糸切れや毛羽・毛玉が大量に発生し、

生産性が上がらず良い織物が出来ないので、

経糸に予め「糊」を付けて強度を補ったり、滑りを良くしたりして織ります。

但し、木綿の生地を染色するためには、この糊を取り除かなくてはなりません。

(「精錬」と言います。)

 

 

ワイシャツやTシャツなどの「洋晒し」は、

「連続自働精錬機」という機械を用いて、40分程で晒加工品に仕上げます。

しかし、生地を常時圧力をかけた状態で精錬しますので、

木綿の繊維はやや扁平になります。

 

これに対して「和晒し」は、

2日から4日間ずっと釜に入れた状態で、煮られながら精錬され、

水洗いで洗浄していきます。

圧力がかかっていないので、仕上がった木綿の繊維は円形を保っています。

ふんわりと丸い繊維は、

肌に優しく、環境に優しく、日本の風土にあった生地です。

 

 

江戸時代には、「和晒」は約40日かけて作られていたと伝えられています。

しかし現在、基本的には伝統的な製法で精練が行われているのですが、

約28〜72時間で製造出来るようになりました。

 

[和晒の工程]

 

1.糊抜き・精練・漂白

  まず原綿を専用釜に入れ、続いて糊抜き剤・精練剤を入れて

  ロウや綿布工程で付着した糊・油など除去します。

 

2.浸透液に浸ける

  注染用の染下晒は染料が染み込みやすいように、

  精錬を2回行ったり、浸透液に浸けたりします。

 

3.脱水

  十分に水洗いされた晒生地を専用の脱水機を使い脱水します。

 

4.乾燥

  現在、和晒の多くは

  「シリンダー」と呼ばれる専用の機械を使って乾燥させます。

  縮みにくい生地の製造は乾燥室で乾燥します。

 

5.熱風乾燥

  80度の乾燥室に、晒生地を竿に吊るして乾燥させます。

  晒生地に圧力が加わらないため、縮みにくい生地になります。